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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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振動世界7

 治療に集中しているオルラヤさんの代わりに、僕が応対することになりました。

 彼女の治療を止めたがる人は、汚れを掃除することを生業(なりわい)としている人たちの1人でした。

 そういう仕事があるんだっていうことは、一昨日初めて知りました。


「彼女なら切られた舌を再び戻すことができるみたいなんです。だから、血の汚れだけ掃除してください」

「いいえ、駄目です! 舌も掃除しないと!」


 先程からこれの繰り返しばかりです。彼は(かたく)なに舌と血の汚れの2つを掃除したがります。

 余りにもしつこいので、僕も段々言葉を強めて言ってしまいます。

 騒がしくしてしまったのか、徐々に街人が集まって僕たちを取り囲み始めました。


 杖を持って声量を大きくする僕は、きっと皆の注目の的になってしまっていると思います。正直、恥ずかしいので早く彼には納得して欲しいと思いました。

 僕は意地悪でわざと酷いことを言ってしまいました。


「なんでそんなに舌も掃除したがるのですか。もしかして、舌を切ったのは貴方が犯人で、掃除するのは証拠を消したいからですか?」


 本心でそう思っていた訳ではありません。

 ただ、今話題になっている事件の犯人だと疑いをかけたら、周囲の目もあるから嫌がって引き下がると思ったんです。

 そうしたら、彼はとんでもないことを口走ってきたんです。


「いや……えー!何で……どうしよう。どうしようどうしよう、バレてしまった……」


 両手に持った木桶を離して、彼は髪を掻きむしったり、爪を噛み始めて、ぶつぶつと小声で喋り始めました。

 木桶の一方に水が入っていたみたいで、落ちた衝撃で横になり水がぶち撒かれてしまいました。


 彼はあっさりと白状してしまったんです。

 そもそも僕は彼が本当に犯人だなんて思っていなかったので、予想外の言葉を聞いてびっくりしてしまいました。


「え、本当に犯人なんですか?」

「皆にバレてしまった。隠さないと……。バレてしまったことを隠さないと……どうしよう。どうやって隠そう……」


 彼はすっかり自分の世界に入っていて、僕の質問を聞いてもらえませんでした。

 リリベルさんやリッケルさんの話では、舌切り騒ぎの犯人は魔法を良く知っている奴が犯人じゃないかっていう見立てをしていました。

 だから僕は、頭の中で浮かぶ犯人像を魔女にしていました。

 でも、彼はどう見たって男です。


 魔法使いだったら男がいることは知っていますが、こんな酷いことを平気でできる奴は魔女しかいないと思っていました。

 ただ、僕が魔女に対して偏見を持ち過ぎただけかもしれないです。反省しないといけません。


 それでも、彼が自分で自分のことを犯人だと言っているので、彼を捕まえない選択肢はありませんでした。


「そうだ、口の中に隠そう……口の中ならバレない。皆から見えない」


 何かを決心してからの彼の動きは素早かったです。

 彼の呟きで聞こえてきた内容は少しだけでしたが、それでも彼が常軌を逸した人という認識は変わらなかったです。

 話が通じない人。


 僕が動揺しないで済むのは、出会ってきた魔女と会話しようとするといつもこんな感じだったからです。

 魔法に関わると皆、こうなってしまうのでしょうか。何を言っているのか分からない。相手の言葉を聞かない。聞いたとしても曲解する。突然、豹変して襲いかかってくる。

 彼も同じでした。


 でも、まだ彼がどうして舌を切るのかを僕は聞いていません。

 彼に理由を聞いて、それが身勝手で他人を巻き込む酷いことであるなら、殺しても良い人なんだって考えます。それまでは遠慮しないといけません。


 オルラヤさんと距離を離すと、彼女の記憶が失われてしまうので、僕はなるべく彼がこっちに近付いて来るのを待ちました。

 待ってから彼の後ろに回り込んで、彼の腕を取って押し倒しました。


 彼は抵抗しましたけれど、呪いのおかげで彼に身じろぎする余裕を与えずに済みました。

 でも、彼は抵抗を止めませんでした。

 腕を押さえつつ、膝で彼の背中を押し込み、身体を上げる余裕をなくしているはずですが、彼は無理に腕や身体を動かしました。


 曲がってはいけない方向に腕の骨が曲がって、指を鳴らした時と同じような音が、僕が膝で押さえている背中付近からたくさん鳴り始めました。

 絶対に痛いはずです。


「隠さないと……綺麗にしないと……」


 でも、彼は痛みなんかそっちのけで前へ進もうとするのです。

 このまま無理に押さえ込めば、彼は死んでしまいます。

 彼を自由にする代わりに、彼をオルラヤさんから遠ざかるように服を軽く引っ張って後ろに投げ飛ばしました。


「近付かないでください。怪我をさせてしまったので、じっとしていてください」

「駄目です、先に綺麗にしないと……」


 彼の片腕は背中に回ったままぶらぶらしていますが、もう片腕は無事です。

 彼はそのもう片腕を伸ばして、此方に走って来るのです。

 僕はただただ、オルラヤさんの治療が終わるまで、彼を軽く突き飛ばし続けました。


「オルラヤさんの治療が終わるまで近付かないで」と何度も言いますが、彼は聞きませんでした。


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