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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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振動世界4

 街が壊れていなかったら、舌だけ拾う男の行動にも納得がいく。

 でも彼は、道にばら撒かれた使い道の木片や小石を拾わず、舌と血だけを掃除する。

 そもそもこの惨状を、手で持てる程度の桶で解決しようとしていることも疑問を抱かせてくれる。

 その桶で解決したいなら、もっとたくさん仲間を連れて来るべきだけれど、彼は1人だけだ。


 舌だけを回収する役割を持った掃除屋の男。余りにも目立つ行動で、見る者の疑問を誘う。


 でも、きっと注意深く見ないと誰も気付かないと思う。


 だって、見た目はただの人間だし、行っていることはただの掃除だもの。

 それに、貧民街を生きる人間たちの価値観に照らし合わせれば、舌が欲しくて集めている人間がいるなんて考えたりしないでしょう。

 そんな先入観も相まって、余計に彼を『街を綺麗にしてくれる人』としか認識しないし、それ以外のことを考えようとする余地も挟まない。


 皆、初めからあの人間を舌切り騒ぎの渦中にいるかもしれない、なんて考えない。

 ヒューゴ君が男を凝視するからこそ、あの男が舌切りに何らかの形で関わっていることを明らかにしているのかも。




 ただ、残念なことに今の私たちは彼と会話できる状態にない。


 オルラヤ君を探して、懐にしまった舌をくっつけてもらわないといけない。

 私が不審者として捕まってから3日以上が経過している。

 オルラヤ君にかかっている呪いのことを考えれば、彼女の鬼の方が先に心配して私を探し始めると思う。


 仮に私のことを探しているなら、一体どれ程見当違いの場所を探しているのだろうね。




 ◆◆◆




 リリベルさんを見失ってから、1日が経ちました。


「オルラヤさん、この杖はいつまで持っていれば良いでしょうか」

黄衣(おうえ)の魔女さんを見つけられるまでです」


 こんな杖を持って街中を歩くのは、人目を引きすぎて恥ずかしいです。




 昨夜は舌を切られた神父さんを助けている間に、ヒューゴさんとリリベルさんを見失ってしまいました。

 衛兵が来て僕たちを軽く尋問してきましたが、直後に地震が起きて尋問どころではなくなって、すぐに解放されました。


 その後、オルラヤさんは目に見える怪我をした人たちを皆助けました。


 彼女は、他の魔女とは違うと思いました。

 今まで殺して来た魔女は皆、生きる価値を少しも感じさせないゴミのクズばかりでした。




 僕は、ここからずっと北に離れたヒルトという村で静かに暮らしていました。

 毎日が平和でした。

 先祖代々が少しずつ開拓した村は、とても見晴らしが良くて、空気が澄んでいてとても暮らしやすかったです。


 作物を作り、牧畜を行い、裕福ではなくとも心は豊かな暮らしでした。


 あの時は父母の手伝いを良くしていました。

 学校はなかったけれど、村人の1人がサルザスという国に仕えていて、その人が文字や数字の数えたりしてくれました。

 彼が帰って来た時には、青空の下で友だちと集まって勉強をしました。


 知らない人はいないくらい、皆と仲が良かったです。

 今でも全員の顔と名前を覚えています。


 でも、全員死にました。

 僕はその時、森で油絞り用の木の実拾いをしていました。

 一杯木の実を拾って、拾った数を友だちに自慢しようって思っていましたが、村に帰って来た時には、その友だちは地面に倒れていました。


 その友だちはソトザワメっていう奴なんですけれど、その時には死んでいました。

 手足ごと地面に杭を突き立てられていていました。


 友だちの死に顔は、今でもはっきりと覚えています。

 今まで1回も見たことがなかった、凄い顔で死んでいました。


 目が物凄く開かれていて、口の端が切れる程口を開けたまま死んでいました。

 胸腹を開かれていて、空っぽでした。


 意味が分かりませんでした。作り物か何かだろうって疑いました。

 でも、触ってみたら本物っぽい感触だったんです。


 ソトザワメがふざけて僕を驚かせようとしたんだって思いました。

 顔だけは本物で、地面の下に身体が埋まっていて、切り開かれた腹の方は、屠畜(とちく)後の動物だったんじゃないかって思いました。


 悪ふざけが過ぎると思って、身体の方をどかして地面を探ろうとしたら、それは顔と繋がっていました。


 それで怖くなって、家まで全速力で駆けました。

 その間に、ソトザワメと同じ死に方をしている皆を見ました。


 笑い声が大きいツヤバメおばさんも、酒飲みのドウカハラおじさんも、風車守りのシタサラお姉さんも、アミナガさんも、サカザンカも、アラバメさんも。


 皆、磔にされて、胸腹を開かれていて死んでいました。



 何でかなんて分かる訳がなかったです。

 ただ怖くて、少しでも早く家に帰りたくて、木の実が入った籠を捨てて走ったこともしっかり覚えています。


 家に帰ったら、父も母も妹も弟も皆、生きていました。


 でも死にました。

 僕が到着した時に死にました。

 皆、地面に倒されて手足を磔にされていました。


 村の人じゃない女が1人いて、そいつが両手を上げたら、皆の胸腹から、内臓全部が飛び出てきました。


 その時の皆の声は、今でも耳の中で鳴っています。

 そして、皆の声に混じって、内臓を抱えたクソ女の言葉も、今でも聞こえています。


『うるっさ』


 夜空を切り取ったみたいなマントを羽織った、髪も衣服も真っ黒なクソ女は、足元の影も真っ黒で、本当に気持ち悪い女でした。


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