果報は起きて動け
食堂車にリリベルはまだ戻って来ていない。
これ以上戻ってこないと彼女に再び疑いの目が向けられてしまいそうだが、幸か不幸か、今はストロキオーネがゼンゲに対して、彼の部屋の血の跡について糾弾していた。
ゼンゲは観念したのか、あることを白状した。
「アスコルト夫婦が貨物室へ送られて、食堂車から部屋に戻った後にヴァイオリー大臣の首があって窓際が血だらけだった! 疑われると思って拭いた。だけれど、首と血の跡があっただけで、他は知らない! 本当だ!」
おそらくゼンゲの言葉は本当だろう。
だが、その言葉を本当たらしめる証拠が何も無い。カンナビヒ辺境伯を殺す理由がある彼には、殺された2人についてもまとめて彼のせいにされるだろう。
ストロキオーネからの疑いが解消されない限り、彼は犯人のまま終わる。
ケヴィンがここに戻ってくるまで、時間稼ぎをしなければならない。
おそらく無実の彼が、他人の悪意に陥れられるなんて、あまりにもあんまりだ。
「あの、少し気になることがあるのですが、良いですか?」
手を挙げて発言を乞うと、ストロキオーネが鋭い眼光でこちらを睨みながらも静かに頷く。
ゼンゲは俺の方へ顔を向けるが、俺から更に追求されると思っているのか、緊張が途切れた様子を見せていない。
「カウゼル男爵。この列車を作る際に、エストロワ領で何か犠牲にしたものはありますか?」
カウゼルは質問の意味がよく分かっていないようで、答えに戸惑っていた。
わざと言葉を濁した質問しているので、当然といえば当然だろう。濁した質問の中で察して答えてもられば万々歳だ。
「犠牲になったものと言われても……」
「列車の道を作るのに木を切り拓いたりとかしていないですか?」
「私は小さな町を任された身なので、他の地については分かりませんが、森を拓くこともありましょう」
カウゼルは答えたすぐその後に、少しだけ考える間を置いて、あっと何かを思い出してから続きを話した。
「列車の通り道を作るために、一から作るのは骨が折れるという理由で、ある地点においては既にある町の路を使って、そこに列車のための路を作ったという話は聞いたことがあります」
「道が無くなった町か村の人間はその後どうなったのでしょうか?」
「そこまでは分かりかねますな。統治者には路を作るための金を国王から支給されていますが、対応方法については統治している者に任されています。しかし、これが今の状況と何の関係が……」
カウゼルが俺に質問に訝しみ始めて、ストロキオーネも乗っかりそうなので、そろそろ時間稼ぎも苦しくなってきた。
ケヴィンが到着する前だが、本題を始めるしかないと思ったその時、件の彼が客車の扉を開けてやって来た。
皆の視線が彼に集中する。
袋を抱えた彼は、視線に一瞬怯むも、俺の近くまでやって来て耳打ちする。
「依頼されたことを確認して参りました」
「どうでしたか?」
「アスコルト様の仰るとおりでした。後、これはストロキオーネ様の部屋にあったものです」
彼に袋を手渡されて中を覗くと、俺の求めていた物がそこにあった。
犯人探しの話を始める時がきた。
失敗したら、黒鎧を纏って逃げよう。
「カウゼル男爵の話で3人を殺めた犯人も、いなくなった従者たちの居場所も分かりました」
一同がどよめきだすなか中、ストロキオーネが手を前に出して皆を制止し、口を開く。
「それは信じるに値する話なのか?」
「ええ、おそらく」
俺は座っていた椅子から立ち上がり、大げさな手振りで皆の注目を集めて演説を始める。
「まず、皆さんの部屋でそれぞれ開いていた窓ですが、実はこの窓を通って外に出たり部屋に入ったりした人物がいます」
再び食堂車内がどよめき始めるが、俺は構わず話を進める。
「1人目は、1人目というよりは何人もいるのですが、各部屋にいた従者たちです」
「列車は走り続けております。その状態で外に出てしまってはとても無事では済まないと思いますが。まさか身投げしたとでも仰るのでしょうか?」
ロベリア教授が椅子に座ったまま、俺に質問をした。恰幅の良い彼は、身なりの良い格好で暑そうにしている。
俺は彼に、人差し指を見せる。指が指す場所は天井だ。
「いいえ。従者たちは列車の屋根の上にいます」
「そんな……。いや、しかし、なぜ……」
ケヴィンに目配せをすると、今度は彼が話してくれた。俺だけで話すよりも、他に話を裏付けてくれる人間がいれば周囲の印象も良いはずだ。
「私が先程運転室側から屋根の上に上って確認して参りました。暗闇なので顔までは確認できませんでしたが、屋根の上に何人もの人影が見えたのを確認しております」
「なんと……」
今度は俺が代わって話を始める。
「彼等は何か理由があって、屋根の上に乗っている、いえ、乗せられているのだと思います。ただ、その理由までは分かりません。何か金品を渡されているのか、それとも脅されているのか」
「良い。話が終わった後で、連れ戻させて確認をしようか。して、従者たち以外に窓を通った者がいるということだが?」
ストロキオーネが俺の話に興味を持って聞いてくれているのを確認して、良しと思った。
彼女さえ話に集中して最終的に同意してくれれば、俺の話の信頼性が高まって皆を納得させやすいからだ。
「ええ。他に窓を通った者は、カンナビヒ辺境伯、ハント様、ヴァイオリー大臣を殺めた者です」
「その言い方だと、殺めた者が誰か知っているような口ぶりですな」
俺の言葉にカウゼルが反応して、興味津々そうに質問をしてきたので、虚勢で「その通りです」と答える。
「この列車の下には、重りを載せる空間が存在します。人が横に這って動けるくらいの空間です。エストロワとフィズレの間に存在する山は強風が吹き、列車が通ると傾く可能性があるそうです。その傾きを解消させるために、重りを載せて傾かないようにするそうです。そうでしたよね、コルトさん?」
俺がコルトに同意を求めると、彼はどもりつつも同意の言葉を返してくれた。
「重りを載せる空間へは、通常は外から入るのですが、列車内の床に扉があってそこから出入りすることができます。犯人は重りを載せる空間を使って、狙った相手の部屋にある床の扉まで行き、扉を開けて殺めたのです」
俺の話にゼンゲが待ったをかける。
「待て待て。窓を使っていないじゃないか」
「窓を使ったのは自分の場所に戻る際です」
「なぜ、わざわざ窓を使ったんだ? またその床の扉を使って戻ればいいだけじゃないか」
「客車の床にある扉は、全て敷き物で塞がっています。開ける時は無理矢理力任せに開けば敷き物がずれて開くことができて問題ありませんが、戻る時は敷き物や敷き物の上にあった家具の位置がずれたままになってしまいます。犯人にとって扉の存在がバレてしまうのは困ることです」
床の扉の存在があると全員に知られてしまえば、犯人が絞られてしまう。そうなれば疑われやすくなってしまうだろう。
だから犯人は床の扉の存在を知られないように、窓を使ったのだ。
「ケヴィンさん、床の扉の場所はどこにあるのですか?」
「ええと、全ての車両とも運転室者側に扉が1つ取り付けております。客車ですと、1号車はストロキオーネ様、2号車はヴァイオリー様、3号車はカンナビヒ様、4号車はゼンゲ様、5号車はハント様の部屋に存在しております」
殺された者たちの部屋に床の扉の存在があったことを知った皆は、既に俺の話を信じ始めているようだ。
どよめきつつも、その言葉は「確かに怪しい」、「信用性はある」などと反論するような私語はでてこない。
「して、犯人は誰なのだ?」
ストロキオーネは顔色を変えることも取り乱すこともなく、冷静に俺に質問を行う。
さすが、エストロワの偉い人だけある。偉い人としての風格を感じさせる。
話の核心に迫る部分だ。いかに皆の反論をかわせるかで俺の話の信頼性が変わってくる。
早く彼女のもとへ行きたいが、焦ってはいけない。
俺ははやる気持ちを抑えて、一呼吸置いてから、指を2本立てて皆に見せる。
「犯人は2人います」