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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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振動世界3

 彼はが私にとって不利益になることをしたと知ったヒューゴ君が、あたふたしている間に、ひとまず私とヒューゴ君の舌を血止めした。

 複雑な怪我でなければ高い魔力の制御を必要としないから、手を使わなくても魔法は使える。


 私とヒューゴ君の応急処置が終わると、彼は今度はヴォルミルに対しても治療をするように懇願してきた。

 自分で頭を殴っておいて治せとは、ヴォルミルの見た目よりもワルだと思う。


 彼女を治してすぐに起き上がられでもしたら、先程までの機転が無駄になるとも思ったけれども、ヒューゴ君が望むのなら仕方ないね。


 ヴォルミルの目に見える傷だけは治してあげた。




 傷口を塞いだ後は、刃を閉じっぱなしの鋏を拾って良く観察してみた。

 どうして魔法が発揮されたりされなかったりしたのか、夜明かりのおかげで初めて分かった。


 みすぼらしいと思う要因になっていた、鋏に付いた傷や錆は、刃を閉じると1つの模様となっていた。

 この傷と錆が、魔法陣としての役割を果たしていたみたい。


 やけに刃が閉じにくかったのは、ある種の安全装置だということも今理解できた。うんうん。


 鋏が効果を発揮しないように、再び魔法陣を分割させる。

 この場に捨てても良かったけれど、ヴォルミルが悪用すると困るから、少し開いた状態で懐にしまった。


 そして、嬉しくなった。ヒューゴ君は私が理解するよりも前に察していた。

 ふふん、どうだこれがヒューゴ君だ。自慢語りしたい者が周囲にいないことが残念だね。




 血止めしても、口中は血が残っていて、慣れた味がし続けている。


 裂け目の横壁から水が流れているので、口をゆすぎながら地上に戻る方法を考えていたら、彼が身振り手振りで私にアピールしてきた。


 動きが多かったけれど、要するに彼は、私を背負って崖を登りたいみたい。

 底に残したヴォルミルが起きる前に、裂け目から脱出したいみたいで彼は、私が彼の意図を何となく理解したと感じたその瞬間に、慣れた手つきで私を背負って本当に崖を登り始めた。


 筋力強化もなしに君の人間だけの力で、私を背負って崖を登るなんてとても体力が必要なことだから、彼がどこまで到達できるのか興味があった。


 いつ彼が手を滑らせて落ちるのか、胸をときめかせながら彼を見守った。

 落ちることを望んでいる訳ではないよ。


 彼が地上に到達してしまったら、心臓が破裂するくらい喜ぶと思う。




 とてつもなく長い時間をかけて、地上まで半分程まで辿り着いた所で、彼は止まった。

 片手を離して手を降って、今度はもう片方の手で同じことをする。そんな動作を何度も行い始めた。


 お、いよいよ落ちるのかな?




 彼はまた登り始めた。


 息も絶え絶えで、今にも崖から手を離してしまいそうなのに、離さない。

 彼の表情が気になって、顔を覗き込んでみたら、歯茎を剥き出しにして、耐えるように登っていた。


 可愛い。




 おっと、いけない。




 興奮して身体が暴れないように私は必死で私を抑え込んだ。

 そんな状況で結局、彼は裂け目を登り切ってしまった。

 とっくに夜が明けて朝になっている。本当に長い時間彼は登り続けたみたい。


 衣服の下からでも彼の腕が腫れ上がっていることは分かった。

 身体の限界なんて気にせず登り続けたからに決まっているけれど、良く頑張ったと褒めてあげたい。


 彼は地上を登り切った時点で、その場に俯向けで倒れてしまった。

 もう1歩足りとも動くことはできないという表れを、身体全体で表現する様は見ていて興奮……いや、心配になってしまう。




 地上の貧民街は更に貧民街らしく、惨憺(さんたん)たる有り様になっていた。


 家の倒壊具合もそうだけれど、地面のあちこちに血が垂れた跡がある

 おびただしいという表現はできない程度の血の量で、大体の血の中心点には、舌が落ちていた。


 舌が落ち葉みたいにたくさん落ちていた。




 木枯らしでも吹けば、汚く集まって舌たちが舞い上がる想像ができてしまうくらい、落ちていた。




 私が鋏を使ったことが原因だろうね。

 魔力を目一杯に放出したから、ここまでたくさんの貧民街の人間の舌を切ることができたんだ。


 舌切り騒ぎの犯人は私と言っても過言ではなくなってしまったね。




 彼が再び歩けるようになるまで、彼の頬を突いて遊んでいたら、彼は突然視線を固めた。

 彼の見ているものが気になる。

 私よりも視線を優先させるものがあるなんて、気になる。


 余りにも気になるのですぐに振り返った。


 彼の視線の先には、1人の男がいた。

 誰もいない街中をあくせく働いている人間だ。


 2つの樽桶を持った男だった。

 1つは空でもう1つは水が入っている。

 男は空の桶と水の入った樽桶を置いて、耳を空の桶に入れていく。

 毛ブラシで水に濡らしながら、血を除去していく。




 彼は血で汚れた街を一生懸命に綺麗にしようとしている。

 掃除することは悪いことではないよ。

 でも、ヒューゴ君が視線を固定した。きっと意味がある。


 あの男がただの人間ではないと仮定してみたりした。

 注意深く男の掃除する様子を眺めて、そして、彼が商人の街にとって悪い人間だと何となく理解した。


 だって、彼がもう1つの桶にせっせと入れている物は舌だけなんだもの。


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