振動世界
地割れが起きて、たまたま洞窟が出来上がっただけのこの場所で、酷い揺れが起きれば、天井が崩落する可能性は大いにある。
ただ圧し潰されて死ぬなら良いけれど、もしどこにも逃げ場のない空間が出来上がったら、抜け出すことが難しくなってしまう。
餓死が死因ならとても危険だ。
私もヒューゴ君も死んだ場合は、直前の死ななかった状態に戻ろうとするけれど、病の状態は戻らない。
1度餓死で死んだら、外部からの助けを得ない限り、餓死で生と死を繰り返し続けることになる。
私たちは死の要因を回避しようとする形で生き返ろうとするけれど、回避しようのない死には無力だと思う。
ちなみに、これはあくまで予想で、実際にどうなるかは試したことがないから分からない。
でも、もしそうなってしまったら嫌だね。
世界が終わるまで、死に続けることになるし、ヒューゴ君の狂った行動を見られなくなってしまう。
不死であろうとなかろうと、私たちは今すぐここから移動する必要があった。
「もし、舌が切断されたらどうするつもりだったんだ!」
ヒューゴ君は未だに濡れている私を後ろに背負って、全速力で駆けて行く。
火の魔力石を絶えず着火させて、それを松明の代わりにして、前方の視界を確保しながら走って行く。
舗装されていない地面は走るのに適さないから、当然転びそうになる。
ヒューゴ君は耐えた。身体の可動域を超えそうな動きをしそうになっても、身体を前に進めた。
そんなに私を転ばせたくないのかな。
「ごめんね?」
危うく彼の舌を切ってしまいそうになったことを謝ったら、彼は黙ってしまった。
彼に走り続けてもらっている間にも、揺れは酷くなるばかりだった。
揺れて、揺れて、天井から岩が剥がれて落ちて来る。
落ちて来る岩の数が増えて、いよいよ生き埋めになることを想像していたら、そのまま天井が裂けてしまった。
一気に広がり天井がなくなり、僅かに空が見えるようになる。
壁から岩が剥がれ落ちるだけでなく、地割れが起きた地点にあった家が落ちて来る。
さすがにヒューゴ君も避けられない。
そんな彼が圧し潰されてしまう憂慮を取り払ってくれたのは、ヴォルミルだった。
彼女は空から落ちて来る全てを粉微塵に分解してみせた。
彼女の魔法の範囲に助けられた。
「最初からこうしてれば良かったぜ」
私を見つけ出せたことが余程嬉しいみたい。
しゃがれた声もどこか浮きだっているように聞こえた。
「ヒューゴ君、アレがヴォルミルという魔女だよ」
「大分乱暴そうな見た目をしているな」
「君もそう思うかい」
息を切らすヒューゴ君でも、彼女の見た目に言及してしまうくらい、彼女は面白い格好をしているようだね。
でも、ヒューゴ君。
彼女と再び出会った今、そんな感想を言える暇はないよ。
「付き人が1人増えただけかよ、余裕だ」
『な!!』
わざと一拍置いて、最後の単語だけを大声で叫ぶのは、きっとそれが魔法の詠唱になっているからだ。
『ぜ』とか『れ』とか『な』とか、単語が安定しないのは、それぞれで異なる効果を持つ魔法を詠唱しているからじゃない。
だって、彼女の放つ魔法って、結局何かを振動させるだけだもの。
他の効果がない。
多分、彼女の詠唱にとって重要なのは、言葉ではないと思う。
「感嘆符が出るくらい叫ぶことが、詠唱を完了する条件になるのだね」
ヒューゴ君の背中に乗って、彼女の魔法について解説してあげたのに、ヒューゴ君はばたんと前に倒れてしまう。
私も彼に伸し掛かるように、前に倒れてしまう。
ヴォルミルの魔法が、私と彼に影響を及ぼし、彼は突っ伏した地面に吐瀉物を散らし、私は出すものがなくなって胃液を彼の背中に吐き散らした。
何だろうね、この状況。
「まずはマントを奪って、それから地中に埋めてやる。安心しな、不死であることを後悔するくらい地下深くに埋めてやるぜ」
先にヒューゴ君がドロドロになった地面に吸い込まれていく。
のたうち回って移動しようにも、地面が水みたいになっていたら、身体は上手く動かすことはできない。
マントに手がかかって、剥ぎ取られる。
でも今は、黄衣よりもヒューゴ君を掴むことの方が大事だ。
揺れ続ける目玉の中に、何とか彼を捉えて引っ張り上げようとする。
彼の顔が泥中に埋まって、呼吸ができなくり、空気を求めて暴れ始める。
でも、力をかけられる場所はどこにもなくて、暴れれば暴れる程彼は奥に沈んでしまう。
やがて彼は窒息死した。
そして、死から生き返るけれど、泥中で生き返った彼は即座に窒息死した。
私は彼が死を迎える度に、彼との間に交わした魔女の呪いの代償を受ける。
彼の呪いの代償は、彼が死ぬ度に私も死ぬこと。
そして彼は死に始めた。
死に続けて彼の不死が生を求めて、死ぬ直前の位置を巻き戻し始めた。
死なないで済む地点へ動き始めた。受けた死因を回避して、生き返るための正常な魔女の呪いの効果だね。
その間、私はずっと死に続けた。
彼にかけた呪いによる私の死は、単なる死よりも激しく痛む。
どこが痛むのかと聞かれたら答えるのには困るけれど、身体だけじゃない全部が痛みを受けると言えば分かるかな。
そして、一瞬の死が余りにも連続で起き始めるから、私たちは絶え間なく死に続け、同時に絶え間なく生き返り続けた。
死と生の間だけは何者にも縛られない。
魔法も剣も拳も言葉も呼吸も、なにもかもから干渉を受けない世界に突入する。
そのほんの僅か一瞬の中で、彼が泥の外に生き返り呼吸ができるようになる世界に生まれ変わった瞬間に、彼は物凄く早口で「鋏を閉じろ!!」と叫んだ。
ああ。
私は今、物凄く満たされている。




