舌切り鋏14
鋏のことをヒューゴ君に話した。
そして、ヴォルミル・ヴィブラシオという魔女の卵のことも。
「リリベルが知らないような、生まれたばかりの魔女に負けることもあるのだな」
「負けていないよ、全っ然負けてない」
勘違いしてもらっては困るけれど、私とヴォルミルの戦いはまだ決着がついていない。
確かに1番最初に彼女の魔法を受けて、負けを確信した。では実際に負けたかというと違うね。
寒くて戦いにならないから、私は調子を整えるため、万全の私を彼女に見せるため、あえて戦いの場を水場から洞窟に移したに過ぎないのだ。
私が戦いの場を用意してあげたのに、付いて来ない彼女がいけないのだ。
「はいはい」
何それムカつく。
「いや、気持ちは分かるさ。何よりリリベルにとって1番重要な『魔女』を賭けた戦いだし、負けず嫌いになるのも分かるさ」
私の視線だけの攻撃に彼は反応を示したけれど、その答えは的外れだよ。
君は勘違いをしている。
私は、黄衣の魔女を賭けて戦っている訳ではなく、ヒューゴ君の愛情を賭けて戦っているのだ。
今の私はもう、君に出会う以前時の私とは優先するものの順位が異なるのだ。
「だが、杖はどうする? 杖がないと魔法が使いにくいだろう?」
詠唱に関して指摘されると、私ももごつかざるを得ない。
何ならヒューゴ君に、妙案を教えて欲しいくらいだ。
「ううむ」
彼に聞いてみたら、彼も唸ってそのまま考え込んでしまった。
彼女を倒す案がないまま、彼女との戦いを再開するのは、格好がつかないね。
素っ裸のまま戦うのも格好がつかない。
焚き火に炙られて多少は身体を動かせるようになったので、鋏を彼に手渡してからまだ湿った衣服に着替えて再び火に炙られる。
また、身体が冷えてしまっては意味がないと彼に指摘されるけれども、格好がつかなくなるよりは良い。
そんな時に不意に彼が私に問いかけた。
「この鋏はもしかして魔道具か?」
彼が鋏を握り辛そうにしながら見て言った。
そういえば、それが魔道具であるかどうかを確認をしていなかった。
見た目はちょっと大きめなそれ以外は普通の鋏だから、あまり気にしていなかった。
それに、ヴォルミルに対して使ってみたけれど、期待した結果にはならなかった。
彼女を掠めた物が別の物だったんじゃないかって、思ったりもした。
だから、気にすることはなかった。
もしかしたら、どこかの家で使っていた単なる道具としての鋏かもしれない。地割れが起きた時にたまたま落ちてきたとか。
そして、魔力管が擦り切れている手で鋏を握ったから、魔力感知は上手くいかなかった。
だから、気にすることはなかった。
意識して魔力を感知するぞ感知するぞって思わない限り、望んだ結果は来ない。
ヒューゴ君が鋏のことを気にするならと思って、彼から鋏を受け取って、改めて目で鋏を見直した。
「僅かに魔力を感じるね」
それだけだった。
余りにも微量な魔力過ぎて、本当にただの鋏としての用途しかないと思う。
「微量でも魔力があるなら、魔道具の可能性はあるな。魔法陣はどうだ?」
「ないよ」
魔道具を構成するために必要不可欠な魔法陣は、仕込まれていなかった。
魔法陣が直接どこかに刻まれているとすれば、鋏を良く見れば分かるけれど、心もとない火の灯りを使って、頑張って確認してみても、やっぱりそれらしいものはなかった。
「魔法陣がないなら、魔力を注ぎ込んだとしても使い物にならないね」
やっぱりただの鋏だったと認識したヒューゴ君は、落胆してしまった。
「杖の代わりにもならないか?」
「杖は杖であるために、魔力を溜め、魔法として放つための仕掛けが施されているからね。これは、杖の代わりにはならないよ」
開いたままの鋏を彼の目の前で、2度程開いて閉じてを繰り返してみた。
ただの鋏だということを彼にアピールするための動作だったのだけれど、その動作の後に突然彼が悲鳴を上げた。
「いてっ、いてぇ!!」
2回言った。
鋏を眺めて、もう1度魔法陣がないか確認してるけれど、やっぱりそれらしきものはない。
念の為、鋏をもう1度開閉してみた。
「いっ…………うーん……」
鋏を閉じたり開いたりする度に肩を上下させるヒューゴ君が面白かった。
口元を押さえたから、舌が切れてしまったかもしれない。鋏を置いてから彼の口に指を突っ込んで、無理矢理開いて中を確認する。
大丈夫、彼の舌は切れていないし、出血もしていない。
「いやいや、舌を思い切り挟まれたような感覚があったぞ……」
この鋏が魔道具であることが確かになった。
でも、魔法陣もなしにどうやって動いているのだろう。
魔法陣を見つけだなせないことが、私の魔女心に火を付けた。
鋏を舐めるように見て、今度こそ魔法陣を確認してやろうと思ったら、壁や地面が横に上に揺れ始めた。




