舌切り鋏12
地割れを起こした犯人も分かった。
私の頭が揺れた理由も分かった。
落雷音が瞬時に消えた理由も分かった。
魔法の種は明かした。
私は杖が砕けたから、また落ちた。
音は揺れているっていうことは、私の知識が知っているから、想像は帰結できた。
そして、目で見えない音を操ることができるということは、彼女の魔法は指定した概念を制御しているのでなければ、一定の範囲内にある揺れを制御しているのだと想像できた。
空からの明かりはほんの僅かで、雷の発光でチカチカする視界にヴォルミルの姿を捉えることはできなかった。
でも彼女の声だけは聞こえた。
「待ちやが――」
『れ!!』
裂け目が更に広がった。
地響きを地下から聞くと、こんなに大きく聞こえてくるんだということを初めて知った。
そんなに時間はかからずに、私は1番下に落ちた。
裂けた地面に水が通っていたからか、落ちた場所は潤沢な水があった。
だから、死ななかった。
死ななくても水が止めどなく喉を通っていくのは苦しい。
裂け目が広がって空からの光をより取り込めるようになったおかげで、どちらが上かすぐに分かった。
水面に顔を出して、呼吸をしながら足の着く場所を探した。
割とすぐ近くに、浅い所があって立つことはできるようになった。
水が死ぬ程冷たくてすぐに手足の感覚がなくなる。どこを怪我しているのか分からなくなるね。
「兎みたいに震えてるじゃねえか。笑えるぜ」
余裕そうに言っているけれど、ヴォルミルも肩と左腕に小さな穴が空いて服が血だらけで、肩で息をしている。
強がっているみたい。
喋ろうとしたけれど、寒すぎて勝手に歯と歯がぶつかり鳴り合ってしまう。
ヴォルミルも水場に降り立つ。絶対彼女も寒いと思っている。私だけが震えているのは不公平だ。
「この裂け目は、お前のために用意した墓穴だぜ。マントを奪って、後は埋めれば俺の勝ちだ――」
『ぜ!!』
安定していた足元が突如不安定になり、私の足がどんどん下へ沈んでしまう。
地面を細かい砂になるまで振動させ、流砂のようなものを作り出しているのだと思う。ハマってしまったら簡単に抜け出せることはできない。
「そんだけ震えてれば、詠唱もできないだろ」
なるほど、君は自らの震えを制御して、きちんと喋ることができるようにしているのだね。
すごいね。
いよいよマントを剥ぎ取られそうになると思っていたら、カツン、カツンって音が聞こえてきた。
何かが、裂け目の岩壁にぶつかって跳ねながら落ちてきている音だった。
割と静かなこの場所では、目立って響いて聞こえてくる音だった。
途中まで音が大きくなって、最後にぶつかる音がしなくなって、凄い速さでヴォルミルの頬の横を駆け抜けて行った。
通り過ぎた何かはボチャンっていう音と水飛沫を上げて、最初は岩か何かが落ちてきたのかなって思った。
でも、多分違う。
ヴォルミルが口元を手で押さえているのが見えたから。
彼女は吐血していて、押さえた手の隙間を縫うように血が垂れていた。
「いててて……!!」
彼女が喋るために口を開いた瞬間、血塗れの小さな欠片がポロリと落ちて、小さな水音と共に彼女の足元に沈んでいった。
同時に、沈む足元に硬い地面が着き、踏ん張れば抜け出せそうな状態になった。ヴォルミルの魔法が途切れたみたい。
私は初めて舌切り騒ぎを実際に見ることができた。
誰かが直接口を開けて舌を切り取ったのではなく、何かが掠めていっただけで、舌を切り取っていった。
どう考えても魔法だよね。
「俺に詠唱させないための魔法って訳か……」
「だが、舌先を切った程度じゃ意味ねえぜ」
彼女は唾を吐くみたいに口中に溜まった血を一気に吐き出した。
寒くて手先足先が満足に動かせない私にできることは、体当たりぐらいしかなかった。
だって寒いのだもの。
でも、多分今の身体の震えでできる体当たりなんて、遅くて仕方ない。
手負いの彼女でも、あっさりと避けられてしまった。
私は体当たりの勢いから体勢を整えることが出来ずに、再び水場に身体ごと突っ込んでしまった。
冷たすぎる水が私の体温を奪っていく。早く立たないとって思って浅い水底に手を突くと、丁度何か硬い物に触れた。
石にしては薄くて、左右に揺らしてみると僅かに金属音を鳴らした。
暗くて見えないから、とりあえず掴んでみてから、精一杯に身体を動かして水から出た。
濡れた髪の毛が顔中に張り付いて邪魔で仕方ない。
一気に首を振って、髪を後ろに跳ねさせて、掴んだ物は何だったのだろうって思って見てみたら、鋏だった。
ちょっと大きな鋏。




