舌切り鋏11
「でも、教えて欲しいことがあるんだ。戦うのは質問に答えてもらってからでも構わないかな?」
ヴォルミルの揺れは更に激しくなってしまったけれど、彼女は「いいえ」とは言わなかった。
戦う前に溢れ出んばかりの高揚感を抑えようとしているのかな。
「最近この辺で人間が舌を切られる事件が起きているのだけれど、君の仕業かい?」
「何だそれ? 知らん知らん」
「じゃあ君は、私を殺すことだけが目的でこの街に来たのかい?」
「そりゃあそうだろ。俺は前から黄衣の魔女に目星を付けてたんだぜ」
彼女は私のことを虎視眈々と狙っていたみたい。
「試してみたかったんだ」
「何をだい?」
「不死の魔女に対する決闘の終わらせ方だ。お前、不死なんだろ?」
「私を殺す手段を持たないなら、私の身動きを永遠に止めて、マントを剥ぎ取ってしまえば、君の勝ちじゃないかな」
「マジかよ、そりゃあいいや」
まさか私に決闘を申し込んだ理由が、言葉で言って終わるような単純なことだけではないよね。
これまでに私に挑んできた魔女は、もう少しまともな理由を持って来ていたのに。
「私に目星を付けた理由はそれだけなのかな?」
「勿論、お前を殺して名を揚げたい。いや、分かんねぇ、適当」
適当だって。
最近の若い魔女はこれだから、礼儀がなってないとか言われてしまうのだ。
「分かったよ。聞きたいことは終わりだよ」
杖をとりあえず構えてみたけれど、きっと魔力に杖は耐えられないと思う。
ヴォルミルの魔法を受け止めることもできないし、私の雷が初めに届くこともないっていう自信だけは、直感で分かった。
「それは良かった――」
『ぜ!!』
彼女のひと言で私は負けを確信した。
びっくりした。
視界がぐらぐらと揺れて、立っていられなくなった。
吐き気はすごいし……というか吐いちゃった。
気絶しかけた時の状態に似ていて、世界の上下左右がぐるぐる回っているみたいだった。
「何だよ、反撃もできないのかよ。肩透かしだぜ。いや、ラッキーか?」
脳味噌を直接掴まれて激しく振られているみたいで、魔力を出すことも、増してやそれを制御することもできやしなかった。
とにかく分かったことは私は『揺れ』ているっていうことだけだった。
彼女がたまに視界に入ってくるけれど、近付いて来ているのか遠のいているのか分からない。
このままマントを取られてしまったら、私の負けになってしまうから、私は躓いた振りをして後ろに倒れた。
わざとらしく「あっ」て言ってみたりした。
「あ、おい!」
ヴォルミルの声が近付いて来たような気はしたけれど、私の身体は既に裂け目に収まっていた。
マントを取られていないから、私は負けていない。
どうせ、裂け目に落ちる予定だったから、丁度良かった。
なんて、思っていたら彼女も裂け目に飛び込んで来ていた。
「逃さねぇ――」
『ぜ!!』
頭とか腰とか手足とかが、裂け目を落ちる間に飛び出た岩に当たった。
でも、頭が揺れているおかげで、痛いと感じることもなかった。
とりあえず何が起きても杖だけは握っていようとは思った。
多分、死んでいるのではないかな。
ヴォルミルだって死んでいるのではって思った。
でも、たまに彼女の活きの良い声が聞こえてくる。やっぱり私も死んでないかも。
杖が裂け目の間に、引っかかった。色々な所にぶつかったおかげで、落下速度が上がりきらずに済んだ。杖を手から離すこともなかった。
落ちきっていたら、腕のどこかが脱臼して杖を手放してしまったかもしれない。
ヴォルミルは私が止まったのを見て、器用に裂け目の両側に足を掛けて止まった。
今は頭がぐらつかない。
色んな突起の岩にぶつかり落ち続けていたおかげで、彼女の魔法の狙いから外れることができたのかもね。
反撃を行うなら今だ。
裂け目に引っかかった杖に魔力を一気に吹き込む。
とりあえず吹き込んでから、杖に魔力を制御できなくなった私の手の代わりになってもらう。
後は目で残りの魔力を制御して、頭の中の魔法陣と共に詠唱するだけだ。
『瞬雷』
って、雷を杖から放出した瞬間に、杖が粉々に砕けてしまった。
流す魔力量が多すぎたせいで杖が耐えられなくなってしまったことは、鼻が高い。
雷は生み出せたけれど、上手く彼女に直進しなかった。
四方八方に光が飛び散って、裂け目の上下左右至る所にぶつかり岩が砕け散る。
この狭い壁の中で、音は私の想像以上に反響した。
私でなかったら耳が聞こえなくなってしまうかもね。
そんな中で上手く彼女に当てられたのは、小さく直進した2つの雷の欠片だった。
『うるっっっっせえ!!!』
またまたびっくりした。
落雷音が途中でピタリと止まって、私と彼女の呼吸と砕けた石が横に跳ね落ちる音だけが残った。
ヒューゴ君だったら、しばらく私の言葉が聞こえなくなって、自らの会話も辿々しくなってしまうはずなのに、彼女はしっかり言葉を発することができた。
私の雷が彼女の耳に届くことがなかったみたいに思えてしまう。
だから思わず「良く耳が潰れなかったね」と聞いたら、彼女は「震えるなら、何だって操れるからな」と言った。
「あっ」
「へえ、君の得意な魔法はそういう魔法なのだね」
せっかちなのは良いことだと思う。
ヴォルミル・ヴィブラシオの得意な魔法は、あらゆる物を振動させる魔法だと確信した。




