舌切り鋏9
牢の前には、何人もの同じ服装の男女がいた。
2人の男が連れて来た仲間だ。
何も信用できる要素がない私の言葉を、何の対価を得るつもりもなく信じて、行動に移したことは私には到底理解できないことだった。
それこそヒューゴ君に対して感じていた感情と同じ感情が湧き上がっていた。
「おい、この地図につけた印の場所に行けば良いのだな?」
「うん。ただ、地上に出ようと移動している人たちもいるから、あくまで目安にして欲しい」
地割れが起きている地点の印とは別に、私が探り当てた地下に落ちた全ての人たちの位置を示す印を地図に描いた。
それと私の魔力を込めた2対で1つの魔力石をたくさん渡した。
数日前に失敗作として破り捨てた魔法陣を取り込んである。
『転移』の魔法を応用して作った魔法で、効果は使用者の身体をもう片方の魔力石に移動させる。
既存の転移魔法は、使用者の細かな魔力操作が必要で、失敗すれば身体の一部が元の位置に残ったままになってしまう。
私が作った魔法は、高精度の魔力操作が不要になるよう、転移先を特定させている。
実用的でなかったのは、私が気に食わない程度の魔力量を消費してしまうから。
でも魔力石2つで2回は移動できるから、彼等と私の目的を達成するためには十分だと思った。2回分の移動だから、自分の移動を除けば1人は助けられる。
完成したと思っていない魔法を使うのは、本当は、死ぬ程嫌だけれども、今回は我慢だよ。
彼等はまたもや私の言葉をすんなりと受け止めて、何度かの実験を経てから救助を実行に移した。
彼等のフィズレの人たちを守りたいという使命感には、感動とまでは言わないけれど偉いとは思う。
自力で地下に降りて、救助者を見つけて、そして石を使って救助者と共に地上に戻る。
初めに1人が助け出されて、この牢屋の前で報告が入って来て、彼等は私のことを信用し始めてくれた。
怪しい女が描いた地図と、怪しい石を受け渡されて、それが怪しいものではないと知った時の彼等の安堵した顔色は、面白い景色だった。
ただ、時間は要した。
救助者が移動するせいで、地図の印を何度も描きなおす必要があったし、魔力石をたくさん用意してもらう必要があった。
あれよあれよという間に牢屋生活は3日目に突入した。ヒューゴ君は未だに地下に取り残されている。
ヒューゴ君と一緒に出口を探していた人間の魔力が、4つあったのに1つ減った。今は彼を含めて3人が地下を彷徨っている。
3日目の朝に私の疑いが晴れた。
昨夜に再び舌切り騒ぎが起きて、私が犯人である可能性が下がった。
地割れ騒ぎのおかげで、地上は大混乱を引き起こしているから、衛兵たちはそちらに気を削ぐ体力がない。
今までの騒ぎの間隔と比較して、今回は大分短くなったことから、騒ぎの主は地割れによる混乱に乗じて大胆な行動に出始めたみたい。
そして、完全に疑いが晴れる要因になったものは、リッケルが私の弁護をしたことだ。
彼は、私が地割れに巻き込まれた人たちの救助の方法を提案し、その手助けをしてあげていることを聞きつけ、実は私と関わりがあったと言い始めた。
彼の視点からでは私は、貧民街に住まう弱き人々を地割れから救い出だそうとした女傑に見えたみたい。
だから、私と関わりがあったと皆に吹聴して、彼は間接的に貧民街を救った英雄になろうとした。
彼は衛兵たちに『地割れから人々を救い出すような魔女が、舌を抜き取ったりするだろうか。これ以上牢屋に留めておくことを考え直して欲しい』と請願し、そして衛兵たちはそれを信じた。
私が彼の嘘を肯定したのは、彼の嘘によって得られる対価が牢屋からの脱出だからだ。否定した場合の利点がなかった。
最初にリッケルのことを話したのは私からだし、彼の嘘話に改めて肯定すれば、衛兵たちもそれ以上の疑いを向けることはなくなった。
こうして、3日目の夕暮れ時に私は居心地の良い牢から解放された。
ただ、地割れに落ちた人たちを救う手助けは続けた。
ヒューゴ君はまだ地下にいる上に、彼が理想とする評判の良い魔女像に近付くためには、私は偽善を続けなければならない。
私は牢屋を出たら貧民街に向かった。
途中で杖を売っているお店に寄って、そのお店で1番質の良い杖を買ってから向かった。
場所を取る黄色の杖は家に置いたままだったので、新しい杖を買わざるを得ない。
杖を買って貧民街に戻る頃には、すっかり日は向こう側に沈んで、家々の明かりを頼りに道を進むだけになっていた。
杖は古びた樫の木を主体としていて、頭には魔力を制御するための手助けとなる魔力石が取り付けられている。
寄ったお店で1番質の良い杖とは言ったものの、全幅の信頼を置ける程の杖ではない。
乱暴に魔力を流し込んで扱えば、すぐに壊れてしまうような代物でしかない。
ヒューゴ君を地上に連れ戻すまでもってくれたら良いかな、ぐらいにしか思っていない。




