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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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舌切り鋏8

 ヒューゴ君の魔力がもう1つの魔力と密着し続けて、結構な時間が経った気がする。

 いや、どうだろう。本当は大した時間が経っていないのかもしれない。

 ヒューゴ君に集中しすぎて、時間の感覚が鈍っているかもしれない。




 2つの魔力はゆっくりではあるけれど、移動を始めている。

 ずっと情事に励んでいだのかと思ったけれど、違っていた。多分彼はもう1つの魔力を背負って運んでいるか、逆に運ばれている。




 彼の位置を掴めたことと、彼の疑いが晴れたことにより、他のことを気にかけるは余裕ができた。

 だから、昨夜の切りつけについて考えをまとめることにした。


 鐘塔の上から何かが降ってきて、その音の後に神父は怪我をした。

 あの時は傷口を直接見る暇がなかったけれど、口元を押さえていたから十中八九、舌を切られたと思って良いだろうね。


 さすがに鐘塔を降りるには、長い階段を下りて行く必要があったから、その間に犯人は逃げてしまったと思う。


 今、私には解決のための証拠が不足している。




 それに、リッケルという商人の印象が、衛兵の2人には悪そうなのも気になる。

 悪徳商人なんて呼ばれちゃっているのなら、他の商人から目を付けられるような、おおよそ良い商人と呼ばれることはしていないのだろうね。


 孤児院の出資という怪しい単語も、単なる無償の奉仕ではなく、怪しい意味の通りに何か対価を得ていそうだ。

 例えば子どもたちとか?


 うんうん、怪しい商人なら少しは私の興味も湧いてくるね。




 次にあの2人が来た時には、彼等に調べてもらうのも良いかな。




 ヒューゴ君の方は新たな魔力を持つ誰かと出会ったみたいで、いつの間にか5つの魔力が集まっている。


 地上を目指す人たちが、力を合わせて徒党を組んでいる。うんうん、人間らしくて良いね。




 しばらくの間、ヒューゴ君の監視に勤しんでいた。

 太陽の光が直接窓を突き抜けて来るようになった時間帯になった時に、再び男が2人部屋に入って来た。


「悪いが、もうしばらくここにいてもらうことになった」

「リッケルに話を聞いてみたが『お前のような黄色いマントの魔女は知らない』だそうだ」


 トカゲの尻尾切り、というものかな。

 彼がそう言った理由の想像はつく。


 悪名高い商人としての評判を良い方向へ持っていくために、舌切り騒ぎを解決してみせようとした。

 けれど、その犯人として私が疑われていることが分かった彼は、すぐさま私と関わりのないことを表明した。


 口約束だけで文書のやり取りも行っていない私と彼との間には、繋ぐものが何1つない。

 ということは舌切り騒ぎを私が解決する理由もなくなったということになる。


 リッケルという男の裏の企みが何であるか、少しばかりの興味が湧いていた。

 でも、ほんの少しだけだから、捨て馬となった今の状況となっては、あえて首を突っ込みたいとは思わない。




「私は、例の舌切り騒ぎを調査していたということだけは前置きして、切られた舌は回収できたかな?」

「……いいや、我々で舌を回収することはない。そういったモノは掃除屋の生業だ」

「舌を切った武器とかはその場に落ちていなかったかい?」

「ない。あったのは舌と、血痕と、舌を切られた神父本人だけだ。どうだ、自分が潔白である言い訳は思い付きそうか?」


 私が言い訳するために質問を重ねたのだと考察した男は、わざと私の質問に答えた。

 でも、私にとっては都合の良い話である。

 堂々と彼等に質問できる。


「言い訳を行うためにはまだ情報が足りないよ。でもその前に、地割れで落ちた人たちを救い出してくれないかな。私はある程度の居場所が分かるのだよ」

「ふざけるな。お前のような小娘に何が分かる」

「小娘でも分かるようなことを君たちは分からないのかい? 残念だね」


 わざと挑発してみたら、当然彼等は眉間に皺を寄せ始めた。

 怒りは一種の動揺でもある。心の中で私を魔女と思いつつも、見た目でただの小娘だと強い思い込みを抱いている彼等には、もうひと押し挑発の言葉をかければ、彼等は容易く乗るだろうね。


「地図さえ見せてくれたら、居場所を教えてあげるよ。深くに落ちた人の助け方も教えてあげる。もし、間違っていたなら私のことを好きにすれば良いさ」

「誰がお前のような怪しい女の言いなりになるか」

「君たちの言う若い女を好きにできるのだよ? 暴力を振るうも良し、犯し尽くすも良し。何だったら、間違っていなくとも約束を反故にしたって構わないよ。ただの口約束だからね」


 2人の反論が止まるまで挑発し続ければ、必ずどこかで止まる。それでも必ず私の挑発に乗る。

 それが暴力に発展するか、私の言いなりになるかは五分五分だけれど、五分もあれば十分さ。




 彼等が挑発に乗ると確信したから、思わず笑いがこぼれてしまった。




 けれど、まさかすぐに私が眉間に皺を寄せる羽目になるとは思わなかった。


「……何なんだこの女は……はあ」

「地図は見せてやる。だが、馬鹿なことを言うのはよせ」


 馬鹿?

 私が馬鹿だって?


「こいつは狂ってるな」

「……そうだな、イカれている」


 予想外の返答のせいで、彼等が私の要求に応える言葉を連ねていたことに気付かなかった。


「私も必死なのだよ。地割れで落ちた人の中に私の大切な人がいるからね」


 私が馬鹿とは心外だよ。


「命よりも大切なものを取り戻したいと思っている。でも、私が君たちに要求を呑んでもらうための対価が、今は私の身体しかいとすれば、喜んでそれを捧げる。これは狂っていることなのかな?」

「その考えは狂っていない。だが、普通は喜んで自分がどうなるかを詳しく語ったりはしない。動揺するし、泣いて懇願することもある。お前みたいに、はきはきと、笑いながら最悪の事態を自分で提案したりはしない」


 驚いたことに、彼等はとても冷静だった。

 これまでに得てきた私の経験と知識が、ヒューゴ君以外の人間との交渉で活用できなかったことは初めてだったから、本当に驚いた。


 意外だね。

 ヒューゴ君みたいな人間は、ヒューゴ君以外にはいないと思っていたから、驚いたよ。


 私はこの会話で初めて言葉に詰まって、その後に何とか口に出せた言葉は「なるほど」というごく短い言葉だけだった。


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