二度あることはそうそうない
一同誰もが驚きの顔を隠せていないようだ。
椅子に座っていたストロキオーネは、立ち上がって白い長杖で1度床を突いた。
「貴方はコルトと言いましたね。実は、ウォルフガングの悪行の疑いは私の耳に入っていました。私は調査のために、ここへやって来たのです」
彼女は既にカンナビヒとハントの悪行を知っていたようだ。
そして更に付け加えると、コルトの村を襲い、村人を奴隷として売る計画を企てたのは、カンナビヒとヴァイオリーによるものだったと彼女は言った。
ハントはあくまでヴァイオリーの手足として動いていただけのようだ。
「私がヴァイオリーを部屋に呼び、真偽を問うたのです。もちろん犯人と疑うに値する証拠を提示して。彼はあっさりと認めましたよ」
エストロワ国はフィズレ国領内を非戦闘地域として、一切の戦いを行うことはないという決まりを締約している。
だがエストロワ領内ではその限りではない。
だから、彼女は閉鎖空間かつエストロワ領内に入る列車という乗り物を殺人の舞台に選んだのだ。
限られた者しかおらず、事故として死なせてしまえば、一応の両国の体裁は保たれるという訳だ。
万が一戦闘があったと外部に情報が漏れたとしても、エストロワ領内でのできごとであれば誤魔化せると思っていたらしい。
フィズレ国にも面子というものがありそうな気がするが、そこは彼女も織り込み済みだったようだ。
「その袋の中身は、私が着ていた服ですね?」
「え、ええ。血の付いた白いローブです」
俺は袋から彼女のローブを取り出して見せた。
ケヴィンにお願いしたことの1つとして、ストロキオーネの部屋に行き、服を探してもらったのだ。
彼には「ストロキオーネ司教からの許可は得ている」と言って手伝ってもらったのだが、今思うとギリギリのことをしていた。不敬だと言われて殺されてもおかしくない。
軽率だった。
今度は、カウゼルが立ち上がって話に参加した。
「申し訳ありません。私がゼンゲ様の部屋へ首を持っていきました。全てはストロキオーネ様のためと……」
「おいおい」
カウゼルの言葉にゼンゲは茶髪をかき上げて、呆れたような仕草をした。
ストロキオーネはどうやらカウゼルの行いを知らなかったようで、「大馬鹿者め」と彼を叱咤した。
「クリム殿、此度のことは大変申し訳ありませんでした」
ストロキオーネが頭を下げてゼンゲへ謝意を示し、カウゼルも頭を下げた。ゼンゲはさすがに頭を下げてもらうのは悪いと思ったのか、2人に頭を上げるようお願いしていた。
「私の店の商品を懇意にしてもらえれば、それで構いません」
ちゃっかり金儲けに走ろうとする辺りはフィズレの商人らしいと思った。
今のやりとりでゼンゲと2人のわだかまりは解けたようだ。
「コルト殿、貴方にも辛い思いをさせてしまいましたね。ただ、罪は罪です。償いは必要です」
「どのような罰も受け入れます」
コルトは項垂れながら粛々とした態度で、彼女の次の言葉を待っていた。
だが、俺には目的を達成して、この先のことを諦めているようにも見えた。
俺も彼女の動向を注視した。
「あなたは引き続きこの列車で働きなさい。良いですね?」
「え、あ……はい!」
列車に関わるできごとで村の仲間を失ったのに、この後も列車の車掌として働き続けろと言うのは、ある意味残酷なことである。
だが、俺はそれでも良いのではないかと思う。死なないだけ良いのだ。
少なくとも俺にとっては、彼は死ぬべき人間ではないと思ったからだ。
ただ、まだ気になることがある。
俺は、ストロキオーネとカウゼルは最初からグルだと疑っていたが、それが外れたことだ。
ストロキオーネが血の付いたローブを捨てなかったのは、捨てた後に誰かに拾われてしまえば噂が広がってしまうと思ったからだろう。
彼女はエストロワ国マルム教の司教だ。彼女の着る白いローブは、ある意味彼女の司教としてのシンボルでもある。万が一、町人に発見されてしまえば、すぐに彼女が血を付着させてしまうようなできごとに関わったと、大ごとになってしまう。
あくまで事故として片付けたい彼女は、簡単にローブを捨てるわけにはいかなかったのだ。
そして、彼女は保険としてカウゼルに指示を出し、ゼンゲの部屋にヴァイオリーの首を置いて、ゼンゲに疑いがかかるように仕向けた。
彼女は半獣人であるということもあり、身体が大きく、床の扉を通ることはできない。
だから、カウゼルに代わりに後のことをやらせたのだ。
更に、ストロキオーネは俺が殺人犯についての話をするまで、彼女は自分が犯人であるということは言わず、ずっと黙っていた。
つまり、あわよくばコルトにヴァイオリーを殺した罪も被せようとしていたのだと、俺は思っていた。
しかし、今のこの全てが解決したかのような空気感では、その話を切り出し辛かった。
何よりケヴィンがずっと静かに俺の顔を見つめているのが怖いのだ。いきなり攻撃されないか心配だ。
一体なぜ俺を見つめ続けているのか、そう思って彼と視線は合わさないように、足元だけ見て様子を窺うと、彼は俺の方へ歩いて耳打ちした。
身構えている俺に彼は思いがけないことを口にした。
「血は、我々は争いを求めている」
俺はすぐに彼と距離を取った。
その言葉は聞いたことがある。異常な町で起きた異常なできごとで聞いた言葉だ。
意外と忘れていないものである。それは、緋衣の魔女が放った言葉と全く同じだ。
今度は、距離を取った先にいたロベリア教授が、俺のすぐ後ろで呟いた。
「黄衣の魔女殿は、今、砂衣の魔女と戦っております」
ロベリアの口調はいつもの優しいものとは違い、誰か別の者が彼を乗っ取って喋っているかのようだった。
砂衣の魔女は、以前リリベルに魔女会に連れて行ってもらった時に会った魔女だ。
確か、『歪んだ円卓の魔女』の1人で、死の魔法を得意とするとか言っていた気がする。
その魔女がなぜこの列車にいるのか。
そして、なぜケヴィンが緋衣の魔女と同じ言葉を発したのか。
事件が一件落着して、今まで皆が思い思いに言葉を発していたのに、急に誰もが黙ってしまったので、コルトが動揺していた。
気付くとこの食堂車にいるコルト以外の誰もが、俺をじっと見つめていた。
次に口を開いたのはストロキオーネだった。
「貴方は我々の人質だ。だが、拘束するつもりはない。助けたいなら助けに行けばいい」
過去に全く同じ状況になったことがあるのを思い出した。
この雰囲気は、緋衣の魔女が治めていた町と一緒だ。町人は皆、緋衣の魔女による『魔女の呪い』をかけられていた。
当てはめるのは容易だった。この食堂車も同じだ。
「お前たちは緋衣の魔女か?」
俺の質問に、全員が同時に無言で頷いた。
「そこの車掌以外、我々の意思はこの列車に流れる血全てに宿る」
カウゼルのその言葉で確信した。
この列車は俺とリリベルとコルト以外の全員が、緋衣の魔女に呪われている。




