舌切り鋏6
ヒューゴ君が舌を切られて帰って来たらどうするつもりなのか。
金にモノを言わせて貧民街にある1番屋根の高い建物、つまり教会を借りた。
この国は教会でさえ、寝泊まりするのにお金を取る。逆を言えば、お金さえあれば物事が解決できるのだから、話が早くて良い。
教会特有の鐘塔に上り、塔の最上部の鐘が括り付けられた所から下を見張った。
鐘には教会の持ち主が経営しているらしきお店の名前が刻まれていて、刻まれた箇所だけが鐘の色とは異なる色になっているから、少し距離があっても視認できる。所謂広告塔の役割も果たしているのだと思う。
そんな強欲な鐘塔から、ヒューゴ君にだけ集中して魔力を感知していれば、位置ははっきりと分かる。位置が掴めるなら後は、遠眼鏡で直接姿を確認できる。彼が他の女といちゃいちゃしていればすぐに雷を落とせる。
「さむいー」
「僕の上着を着てください」
「あったかいー」
オルラヤ君とクロウモリ君に雷を落としたくなってきた。
ヒューゴ君は、すっかり人気のなくなった街をひたすら歩き続けていた。
浮浪者のいない貧民街は、見通しが良い。
さすがに彼が建物の陰に隠れる形で行き来してしまうと、直接姿を見ることはできない。
魔力の揺らぎがあればすぐにでも駆けつけたいから、集中して魔力を探り続けなければならない。
だから、2人に後ろでいちゃいちゃされると気が散るよ。
「リリベルさんも寒くはないですか?」
「この鼻水を見てご覧」
「うわっ、何で拭かないんですか……」
「拭いている暇なんかないからね」
物事に集中していれば、鼻水が垂れていることなんかこれっぽっちも気にはならないさ。
ヒューゴ君が丁度、私の所からばっちり見える、街の通りに出てきた。
「彼だけしかいないね」
今のところは何も起きそうにない。
じっと彼を見続けていたら、屋根に何かが落ちて来た。カラッコロッという音で気付いた。とても大きな音だった。
ずっと遠眼鏡で彼を覗き続けていたから、音の源を視認できなかった。
手すりがガチッと鳴って、鐘塔からそれはきっと落ちた。
誰かの悲鳴がすぐ下で聞こえた。
3人で手すりから真下を覗き込むと、口元を押さえてうずくまる男がいた。
教会に従じる者の服を着た男。
「あれって、まさか……!」
ああ、こっちだったのだね。
オルラヤとクロウモリに舌を切られた神父を任せて、私はヒューゴ君を連れ戻しに行った。
距離はそう離れていないし、教会のある通りに丁度出てきたところだ。
彼が別の路地に入る前に、走って彼を引き留めに行こうとした。
その間に、2人の剣を携えた人間とすれ違った。
2人は教会の方へ急ぎ足で向かって行ったから、恐らく悲鳴に気付いてやって来たのだろうね。
「ちょっと君!」
2人のうちの1人が私に声をかけた。
私は早くヒューゴ君を連れ戻したかったから、その人間の問いかけを無視した。
これがいけなかったみたいで、人間は私を追いかけ始めた。
私と男では歩幅が違うから、あっという間に腕を掴まれて、その場に押し倒されてしまう。
ヒューゴ君が通りから消えてしまう。
男を振り払おうともがいてみるけれど、後ろ手を組まされてのしかかられているから、意味がなかった。
「止まれと言っているだろう! 怪しい女だ! 詰め所に連れて行くぞ、来い!」
雷を落とせばすぐにヒューゴ君を追いかけられる。魔力管が壊死していても、人間を殺すことくらい簡単だ。
けれども、殺してしまったら可哀想だ。
とりあえずヒューゴ君の名をできるだけ大きく息を吸ってから呼んだ。
路地に入ろうとする彼がピタリと立ち止まり、顔を横に向けると私と目が合った。
私はこのまま詰め所とやらに連れて行かれるだろうけれど、ヒューゴ君が私の今の状態を知れば、きっとどうにかしてくれるだろう。
そう思って、後は衛兵の力任せに身を任せて、立ち上がった所に揺れが起きた。
視界が小刻みに歪み、足元が覚束なくなる。
揺れは段々と酷くなり、まるで鳴き声のような凄まじい音と共に地面が裂けた。
「お、おお?」
方々から悲鳴が上がり始めて、建物が手で無理矢理裂かれたみたいに吹き飛んだ所で、悲鳴は絶頂を迎える。
ヒューゴ君が私の視界から消えて、それから頭上から降ってきた建物の欠片が、頭にゴチっと当たった。
次に目蓋を開けた時は、私は檻の中にいた。




