舌切り鋏5
オルラヤはただ物珍しさに負けて買い食いをしていた訳ではなかった。
その点については褒めてあげたい。
「誰が何のために買うんだ……」
ヒューゴ君が数多くの液漬けされた瓶が並んだ棚を覗き込みつつ、少し引いて疑問を口にしていた。
瓶の中には舌だけでなく、腕や足、眼球に心臓と人間を構成するために必要な部位が数多くあった。
彼は並ぶ商品の価値を見出だせないでいたけれど、使い道はいくらでもあると思う。
生き延びるために失った臓器を付け足したい人間。
臓器を食べたい人間。
単に飾りたい人間。
私は食指が動く理由を作り出せないけれど、欲しい人間がいた場合に、その人間の気持ちになって考えてみたら色々と理由は浮かんだ。
「そもそも、この臓器の出どころはどこなんだ……。どう見ても手作りには見えないぞ」
不老不死になりたい人間が、私の内臓を取り出して、煎じて薬にしたりすることもあったのだし、どう考えても生きていた物でしょう。
人間の顔もあるし、動物の角もあるから、きっとたくさんの種類の者が瓶に詰められていると思う。
「瓶に詰められるために殺されたのだとしたら……」
ヒューゴ君は残念そうに、そしてどことなく怒りを湧き上がらせているかのように、品物を見つめて続けていた。
「ここは商人の国で、よりお金を重要視する国だよ? 払う力がない者は金を作るための商品になるだろうし、金を得るために身銭を切る者だっているでしょう」
「……早く用事を済ませて店を出よう」
どうやらこのお店は、ヒューゴ君の心を痛める悪いお店みたいだね。
用事を済ませてお店を出た後にヒューゴ君は、きっと店の中では言えなくてずっと我慢していたことを、私に打ち明けた。
「舌が詰め込まれた瓶の中に、被害を受けた者たちの舌があるのではないか?」
あのお店の商人は、切り落とされた舌に商機を見出せる人間だと思う。
思うけれど、それなら商品として最も価値が高い状態になるように、舌を切り落とすでしょう。
「中途半端に、斜めに切られた傷口を君も見たでしょう? 商品として売るのなら、舌の形を失わないように根元から切り取ると思うよ」
それに、買った舌は驚く程安かった。
銅貨5枚。質素な料理なら1食分。舌の需要からして、それだけの値段しか付けられないみたい。
「それに捕まった場合のことを考えたら、とても割に合わないでしょう?」
「……た、確かに」
ヒューゴ君にしては珍しく私の言葉を受け入れた。
想像力豊かな彼なら、私が想像していないことを言うのに。きっとあの悪いお店のせいだ。
珍しい買い物をして、オルラヤに舌を切られた人間を治してもらった。
時間もかからず、すぐに彼は元通りになった。
ただ、舌の収まりが悪いのか、若干喋り辛そうではあったけれど、誤嚥の癖がなくなって喜んでいた。
そして問題の、切られた時の話を聞き出した訳だけれど、驚く程収穫がなかった。
切られた時のことを何も覚えていない。
彼はそう言った。
気が付いた時には口から止めどなく血が垂れて、痛みと発熱で落ち着いて眠ることもできなくなっていた。
ようは切られた後のことしか印象に残っていないのだ。
腐っても商人の国だから、舌を治してくれた対価を払えていないと思った彼は、なけなしのお金を私たちに渡そうとしてきたが、ヒューゴ君とオルラヤもクロウモリが、受け取ることはできないとさっさと私を連れて家を後にした。
私たちは次の切りつけ騒ぎがあった場所に向かって、同じことをした。
その日は、3人の人間の舌を治したけれど、結局話せるようになったところで、意味のある情報は出てこなかった。
「私が貧民街で彷徨いてみて、襲われるのを待ってみよう」
この騒ぎに興味がなかった私は、早く切りつけ騒動に片をつけたくて提案してみたのだけれど、ヒューゴ君に強く拒否されてしまった。
そして、代わりに彼が人柱になると言い出した。
襲われやすくするために、私たちを家に帰して、1人で街を練り歩き始めた。
って、帰る訳がないでしょう。




