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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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舌切り鋏4

「また目に(くま)ができるぞ……」


 別に隈ができた所で私は気にしないけれど、それでヒューゴ君が私のことを嫌いになったら嫌だから、彼に心配された時は諦めて眠ることにしている。


 でも、眠る前に彼と話くらいはしたい。


 ベッドだけは研究の跡はないので、彼を引っ張ってそこに座らせる。

 靴を脱いで彼の膝の上に身体を収める。


 彼と出会ったばかりの時は綺麗に収まっていたけれど、数年の時を経た今は、成長した身体のせいで収まりが悪くなってしまっている。

 彼を誘惑できる身体に成長したことは嬉しい反面、収まりが悪くなってしまったことは悲しいことでもある。


「髪が伸びたな」


 ヒューゴ君は私の髪をさらいながら言った。


「そろそろ君に切ってもらわないと」

「そうだな」


 髪を切ってもらう約束を取り付けられたことが嬉しくて、自分の足先を重ねて、より彼の内側に収まりたくなってしまう。


 このまま彼を誘惑し続ければ、もしかしたら襲ってくれるかもしれない。

 期待を込めて、指を彼の胸に這わせたりしてみる。




「どうした?」




 どうした、だってさ。

 ええい、まどろっこい。


 私の方から襲ってやれ。






 というのが、ここ数日での私にとっての良い話。




 その後は、ヒューゴ君の思惑通りに、切りつけ騒ぎとやらの犯人探しを始めた。




 まずは、事件が起きた場所に実際に行ってみて、犯人が残しているかもしれない痕跡を探すことにした。


 結果は無駄足だった。


 私がヒューゴ君を襲った日の夜に、新たに切りつけ騒ぎが発生したみたいで、そこに行ってみた。

 魔力の残滓(ざんし)のそのまた欠片すら残っていなかった。唯一残っていたのは、切られた側の血の跡で、それも私たちが来た頃には、掃除して除去される最中であった。


「次は、舌を切られた人に話を聞いてみませんかー」

「そうですね、それが良いですよ」


 クロウモリは犯人が魔女であるかもしれないと知って、興味を示している。あわよくば殺したいのだろう。

 魔女が憎くて仕方ないのは、良く知っているからね。


 オルラヤは、良く分からない。多分、何も考えてない。




「舌を切られているのに、話なんかできるのか……?」




 ヒューゴ君の意見は(もっと)もだ。

 でも、舌がなくても意外と話ができることは知っている。実体験した私がいるのだから、間違いない。

 何せ魔法を詠唱させないように、何度も舌を切られた経験があるからね。




 私よりやる気のある3人に連れられて、再び貧民街に躍り出た。


 騒ぎがあった近くに赴き、その辺りを出歩いている最低限の身なりをした人間に、切られた人間を知らないか尋ねる。


 やっぱりフィズレの貧民街と、他国の貧民街はどこか意味合いが違うみたいで、到底貧民と呼べる姿をしていなかった。

 服も着られぬ、食事も満足にできぬ人間は、この国はいないみたい。


 まともな言葉を交わすことができるのも、普通のことではない。




 話が早く済ませられるように、お金を渡すのはこの国で1番楽な方法だ。

 誰もが情報の引き渡しをお金でやり取りするのは、逞しい生き方だと思う。


 ヒューゴ君のおかげで、私はこの国では有名人だから、ほとんどは適正な値段で情報を引き渡してくれる。

 トラブルになったりはしない。




 適正なお金で得られた情報は、舌を切られた人間の居所だった。

 まあ、目と鼻の先にある家なんだけれど。


 そんな家を訪ねたら、最初に出てきたのは切られた人間の伴侶だった。


 オルラヤが舌を元に戻してくれると言ったら、彼女は喜んで家に入れてくれた。

 ないものを取り戻すなんてことは、彼女にはできないと思っていたから意外だった。話が進むなら良いに越したことはないから、珍しく黙ってあげた。


 案内されて出会った男は、見た目はごく普通だった。

 怪我をした箇所が箇所だけに包帯すら巻けないのだから、当たり前だろう。


 オルラヤがすぐに男を診た。

 口を開かせると確かに舌はなく、舌の断面の傷口に出来たばかりであろう大きなカサブタが見えた。

 固まった血で真っ黒だった。


 喋らせようとしても痛みと舌がないことによって、話はできそうになかった。


「切られた舌はありますか? あれば治しやすいですねー」


 オルラヤが言葉を話せる伴侶の方に向かって問うけれど、単なる人間が切り落とされた舌を後生大事に保管しておく訳がない。

 舌に商機を見出せる人間であれば話は別だけれど、彼も彼女も単なる人間だ。


 彼女はただ首を横に振るしかなかった。


 その様子を見てから、オルラヤは私を見つめ始めた。


 私の魔力を使いたいという合図なのだとすぐに察した。

 手を出して彼女に魔力を与えようとすると、違うと言って手を払われた。私の察し違いらしい。


「舌を買ってきてください」


 頭の片隅くらいには、彼女からそう言われるかもしれないと思っていたから、特段驚きはしなかった。


 ヒューゴ君とクロウモリは、一旦は驚嘆の声を出して「売っている訳がないだろう」と呆れ気味にオルラヤにツッコミを入れた。






 売っていた。


 オルラヤに言われた通りに、フィズレの海側にある繁都の市場へ向かい、目印となる甘味売りのお店から2つ過ぎた所に、そのお店はあった。

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