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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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舌切り鋏2

 見覚えのない建物に誘われて、見覚えのない小間使いが私たちを案内して、見覚えのない家主が出迎えてくれた。


 なんてことのない特徴の、この国では良くいるタイプの少し肥えた商人だった。

 陽気で、自信を持った身振りと話し方で、ヒューゴ君とは正反対の人間だね。


「目出度い出で立ちの御二方ですな」


 リッケルという家主は、私とオルラヤを幸運を呼び寄せる流行りの人形に重ねて喜んだ。

 そんなに嬉しいものなのかね。




 今日はヒューゴ君は私の代わりに、彼に対して用件を聞いてはくれなかった。

 屋敷に入る前に、彼に念を押されてしまったからね。


『リッケルという男が今回の依頼について話してくれるが、彼はその屋敷の主だ。本来話し合うべきはリッケルとリリベルで、俺が彼と直接言葉を交わすことは失礼にあたる』


 今まで、一国の王や王女に対して、散々な言葉遣いで応酬を繰り返してきたというのに、今更礼節を唱える彼が面白かった。


 面白かったから、私は彼の咳払いの合図に乗った。




「残念だけれど、君に幸運を運べる程、私たちの運は良くないよ」

「これはご謙遜を。そのマントがどれ程高価で貴重な物かは、ひと目で分かりますぞ」


 彼は魔法具に対する目利きがあるみたいだ。

 商人ならできて当然とでも言いたげに、整えた髭をいじり始めた。


 オルラヤは先程からそわそわと落ち着かない様子で、その様子を見ていたヒューゴ君もどことなく落ち着かなそうにしていた。




「それで、私を魔女と知って何を頼みたいのかな」




 リッケルはぎょっとして、整っている衣服を意味もなく整え直して言った。

 まさか私が魔女だということを忘れていたのかな。


「頼みたいことは他でもありません。貧民街で多発している切りつけ騒ぎを解決していただきたいのです」


 ヒューゴ君の前置き通りの話を切り出された。




 この国は商業が抜きん出て盛んな国だから、競争も他国と比べて盛んだ。

 金儲けを企む数多の商人は、同業他者を蹴落とすために日夜無駄に頭脳を働かせている。


 競争に負けた者は皆、繁都からあぶれて貧民街で暮らし始める。

 繁都での暮らしは商人にとって憧れであり、そこで暮らし繁栄し続けることがステータスとなっている。


 落ちぶれた元商人たちは、大半は他の商人の小間使いとなって、再び表舞台で活躍するために金を貯め再起を窺う。


 負けた者と勝った者は、暮らしの違いで明確に見分けられる。




 かといって貧民街の者たちは再起のために、犯罪に手を染める者は多くない。

 自暴自棄になって他の人間を殺して財産を奪ったりなんかも、あまりない。


 もし、そんなことをしでかしたら2度とフィズレという国で商いごとはできなくなる。砕いて語れば国を追われてしまう。


 処刑という手段を簡単に取らないこの国では、生きて国を追われるよりも貧民街で暮らすことになる方がずっとマシだと思わせられている。

 他国の貧民街とこの国の貧民街では、意味合いが異なっているからね。


 殺して盗まないと、明日をも生きられない者たちではない。




 だから貧民街に住む者たちは、人間としての矜持を持った者が多く、例え今は貧乏でも最後には逆転できると夢見て、真面目に商業に関わろうとする。


 この国では商い意外に戦う手段がなく、直接的な武力行使に頼ろうとすれば、周辺国が黙ってはおかない。

 フィズレという国の、特異な恩恵にあやかることができる周辺国にとって、フィズレの文化が壊れてしまうことは望ましくない。


 ここは他国からも繁栄を望まれている国なんだ。




 だから、ここで他者を傷付ける連続的な事件が発生すれば、結構な騒ぎになる。


 自由で盛んな商売という文化を掲げているフィズレにとって、商売の勢いを脅かすような事件は、誰も彼もが嫌悪する。


 早く解決して欲しいと願う者は、貧民か金持ちかの枠に囚われたりはしない。


 リッケルは、自分の商売の売り上げを堅調なものにして、優雅な暮らしを続けられるように悪の芽を摘み取りたいと考えている。


 勿論、表向きにはあからさまなことは言わない。

 あくまで弱きを助け悪をくじくという真人間のお題目に沿って、事件の解決を私に望んでいる。


 それに、この事件を解決した暁には、商人としての名を広げ宣伝にもなって、更なる商売に繋げることができる。


 財力のある商人が、商売には直接関係のなさそうなことに首を突っ込みやすいのは、この国での行いが全て最終的に自分たちの益に繋がることを理解しているからだね。




「私が出資している孤児院の近くでも切りつけがありまして、このままでは子どもたちの身に危害が及ぶかもしれぬのです」


 孤児院なのに出資とは、不思議な言葉の組み合わせだね。

 商売として成り立たなければ出資という言葉は出てこないと思うのだけれど、縁も知らぬ子どもを育てる箱にお金を注いで、彼はどうするつもりなのかな。


「皆、それぞれにお抱えの兵がいるでしょう? そうでなくとも国の兵は動いてくれないのかい?」

「当然、犯人を捕まえるべく、多くの者を動かしておりますが、目立った手掛かりは得られず。もうすぐ1ヶ月が経つというところですな」


 金で容易く動く人間がたくさんいるのに、それでも犯人を見つけられないなら、余程無能な集まりなのかも。


「これだけ人を動かして、手掛かり1つ得られないのであれば、犯人はただの人ではないのではなと思いまして、魔女殿に助けを求めたのです」


 手を揉んで頼みごとをする仕草は、商人に良く見られる動きだけれど、癖なのかな。

 彼の頼みごとを聞いても、これっぽっちも興味が湧かないから、余計なことばかり気になってしまう。


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