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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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舌切り鋏

 家族と居候とペットが増えた。


 大きな馬と大きな蛇。

 幸いにも両方とも手はかからない。

 馬は勝手に辺りを回って、食事のためにたまに私の所へやって来る。

 蛇は、アイワトラなんて丁寧な名前まで付けてネリネが育てている。


 魔力を食べて生きる魔物だから、食事に手がかからないのは楽で良い。


 手がかかるのは、その身体の大きさに似合わず料理を喰らうネリネの方だね。

 私が腕によりをかけて作った料理を、味わいの過程も経ずにただお腹に収めるだけなのだから、作りがいがないね。




 居候は何人かいる。


 白衣(はくえ)の魔女とその夫の鬼。

 後、その従者たち。


 オルラヤはクロウモリから離れると記憶を失う。私から離れて魔力が供給されない状態になった場合も同様の結果になると思う。だから、彼女は私に従わざるを得ないし、彼も漏れなく付いて来る。

 残念ながら彼女を連れてきたところで、私に得なんかない。

 ヒューゴ君のわがままに付き合った結果だからね。勿論、後悔なんてしていない。




 けれど、家が手狭になったことと、小五月蝿い従者たちがいることは不満かな。

 私の料理への口出しが多く、オルラヤ君の教育に悪いからと私の生活態度を改めるように何度も注意してくる。


 だから、彼女たちには新たに家を建ててもらうことにした。


 隣家に暮らすぐらいの距離であれば、彼女の記憶が食べられることはない。多分。

 オルラヤの従者たちも私の提案に()()()()()()()()()()から、話は簡単に進んだ。


 腰を落ち着かせて次の日からは、新しい家を建てるための基礎造りがもう始まっていたから、やる気だけはあると思う。




 私は私で、久し振りに魔法の研究に没頭できた。


 この世界ではダリアが普通に生きていて、私が雷を研究する意味合いはほとんど失われている。


 じゃあ雷の、魔法の研究をせずに自堕落な生活に堕ちて、ヒューゴ君に料理を振る舞うだけの魔女になりたいかと言えばそれは別だね。

 私の魔女生の全てである雷を捨てて生きていくなんて、今更できない。柄じゃない。


 じっとしていられないんだ。




 不安もある。

 私から魔法がなくなって、ただの女になったら、果たしてヒューゴ君はここに居続けてくれるだろうか。私に幻滅して、私のもとから離れてしまうのではないか。


 私は彼を繋ぎ止めるために、私以外の雷の魔法を扱う魔女に負けられない。

 私はこの先ずっと魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持ち、雷を手懐ける魔女として、『歪んだ円卓の魔女』の1人として君臨し続けなければならない。




 そんな私の不安を払拭したい渦中の本人であるヒューゴ君から、ある提案を受けた。


 彼は以前から、黄衣(わたし)という魔女のイメージを、良い方向へ持たせたいと考えていた。

 家に戻り生活が落ち着きつつある今、彼の野望の続きが再開された訳だ。




 曙衣(しょえ)の魔女に出会ってからの彼は、人が変わったみたいに元気だった。


 元気の理由は、曙衣の魔女だ。彼は曙衣の魔女を恐れている。


 どことなく彼女の厄介に巻き込まれることがないように、今まで以上に良い人間、良い魔女になることを目指して振る舞いを正している。


 正そうとする余り、オルラヤの従者たちみたいに小言が多めになっている。

 嫌なことはない。むしろヒューゴ君からの小言なら、いつでも歓迎だ。




 とはいえ周囲の空気、というより魔法に左右されやすいことは彼の困った所でもある。

 何者の色にも染まりやすいことは、私にとっては良いことであるけれど、如何せん染まりやすいというのも困りものだね。


 洗脳の魔法を研究してみるのも良いかもしれない。




「新鮮ですね、これは」


 オルラヤが賑やかな市場に興味を示したから、彼女の好きにさせてあげている。


 これまでファフタールという大蛇の魔力を食べて、細々と生きてきた弊害が、ここで目立ち始めた。

 外のことを何も知らない彼女は、子どものようにあらゆることに興味を示す。


 商人が国を作ったなんて珍しい背景のあるフィズレでは、商いごとは特に盛んだ。


 物珍しい鉱石や、方々から集まってきた食材や調味料、何に使うのか分からない檻に詰め込まれた謎の動物だち。

 買い物客の目当てを満たすには、ここはうってつけの場所だ。


 そのうちに慣れて、市場に対する興味が失せるまでは、好きにさせてあげようと思って、彼女を見守った。


 これが大人の余裕というものさ。




「こちらでは列車は健在みたいだな」


 人混みに紛れてしまわないように私の手を取るヒューゴ君が、遠くで山を駆けていく列車を見て言った。


 人混みはあるけれど、私やオルラヤのことが余程気になるのか、私たちの周りに人だかりはできない。

 だから、彼に手を取ってもらう必要はないのだけれど、言葉にしたくなかったから黙っておいた。


 私が知恵を貸して作った列車は、世界を作り直す前は魔女の襲撃その他諸々の問題があって、ろくに動く様子がなかった。

 彼にとってはそれが不満だったみたいで、今の列車を見て胸を張って喜んでいた。


「また乗りたいのかい?」

「いいや。リリベルが作った列車は、問題がなければああやって動き続けていたんだと再認識したかっただけだ」


 さも私が列車を1から10まで作ったかのような言い方をするヒューゴ君の言葉は、くすぐったい。


 くすぐったいから、話を逸らした。


「それよりも、ヒューゴ君が見つけてきた依頼の内容を教えて欲しいな」

「本当は依頼主の所へ一直線に向かうはずだったのだが……」


 彼は、オルラヤを見て「無理だよな」とひと言呟いてから、仕方なさそうに教えてくれた。




 結局その依頼主とやらに出会ったのは、その日の太陽が沈み始めた頃だったね。


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