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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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あり得た未来6

 シュトロギーは、喉からおびただしい量の血を吹き出しながら、後ろに倒れた。


 奴が倒れた瞬間にだった。


 再び景色が切り替わった。


 またか、と呟く暇もなかった。


黄衣(おうえ)の魔女のお気に入り。困難は取り除けたようじゃないか」


 楓衣(ふうえ)の魔女に後ろから声をかけられて振り向くと、見覚えはありつつ、とても懐かしい建物が目に入り込んできた。


 森の中に静かに建つ小さな家は、俺とリリベルが住んでいた家に間違いなかった。

 家の高さと同じ程の背丈がある大馬もいたが、今はそれよりもクレマズメだ。


 謎の動きは、またもや占いの所作を経ているところだ。

 まず占いの結果が楓衣の魔女に見えたところで、彼女は切り株の上に腰を落とした。


「何か聞きたそうな顔だ」

「……それはそうだろう。今の俺は、なぜ俺が家にいるのかが分からないのだから」

「私だって分からないだろうに」


 やれやれと肩を落として、勝手に落胆する魔女に少しだけ苛つきを覚えた。

 しかし、それでも続きを尋ねなければならなかった。

 言葉を介することができそうな者が、目の前の魔女しかいなさそうだったからだ。




「シュトロギーは?」

「当事者がその質問をするとは思わなかったね」


 切り株の上に座る魔女は、そのみすぼらしい風貌と相まって、良く景色に溶け込んでいた。


「殺したじゃない」

「……俺が?」

「誰が、と言えば、黄衣の魔女のお気に入りが止めを刺しただろうに」


 一体どの時点でのシュトロギーに対する止めなのか。

 その質問は楓衣の魔女に聞いても、さすがに返って来ないと感じた。


「一体、お前はどこまで知っているのだ。それこそ、最初からこうなることを知っていたのではないか?」

「それは、最早占いではないだろうに。私は知らない。全て曙衣(しょえ)の魔女の奇跡に依るものだろうね」

「奇跡……」


 もし、今回の出来事を全て奇跡で片付けて良いのなら、確かに奇跡として片付けられるだろう。

 1つの事実も残さず、ありとあらゆることを奇跡と呼べる。


 一太刀足りとも傷を負わず、挙げ句角を斬り落としたリリベルは、()()()だった。


 クロウモリ、オルラヤ、リリベルの魔法を一撃たりとも受けなかったシュトロギーは()()()だった。


 俺とシュトロギーの実力が拮抗していたのは、()()()だった。


 言葉通り、人が変わったように戦いを好み、シュトロギーを殺すたことに喜びを覚えるような性格になったことは()()()だった。


 俺の人生の動線に必ずシュトロギーが存在していて、何をどう努力したところで、俺と奴は必ず戦い殺し合う運命にあったことは、()()()だった。




 だから、だから、奇跡ではない。

 これまでのことを全て奇跡で片付けようとすればする程、それは奇跡とは程遠い世界に辿り着く。


 奇跡はそう何度も起きるものではないし、起きた出来事全てを奇跡と呼んでしまえば、それそのものが奇跡と呼べるものではなくなる。


「いいや。あれは、ただの()()だ」

「そこは否定するのだね。まあ良いさ」

剪裁する者(スケイズマン)は、結局魔物たちの活発化は何か分かったか」

「全く、何も。それは、これから分かる話だろうに」

「それは、予言か? それとも……」

「……占いの結果さ」


 そう言って楓衣の魔女は立ち上がり、ひと伸びをして森の中へ消えて行った。


 長らく人が立ち入ることのなかったこの家に通じる道はなかったが、彼女は踏み鳴らした草木が新たな道になり始めた。




 再び動き出した時間に、どこからともなくリリベルが現れた。


「オルラヤの家からこの家に辿り着くまでの間の記憶が、判然としない。ボケているかもしれない」


 脈絡もなく言葉が口から勝手に出てしまう。

 ただ、リリベルからの返事を聞きたかっただけだ。


 あるいは、リリベルならここまでの道程を細かに教えてくれるだろうと思ったのかもしれない。


「そうなのかい? それは、()()だね」

「よしてくれ。奇跡はしばらくはうんざりだ」


 辟易する俺に構わず、彼女は常識的な距離を超えて顔を近付けてきた。鼻息が頬にかかる程だ。


「何もなかったよ。驚く程何もね」


 この家に来るまで、ただ歩き続けただけ。

 山も谷もなく、平和な物語であったと彼女は言った。シュトロギーとの連戦はなかったし、剪裁する者を初めとした魔物たちもなかった。


 シュトロギーとはたった1度だけ戦った。


 リリベルによって手負いとなった奴は、俺によって喉を掻き切られて絶命した。


「止めを刺そうとした私を遮って、生きたまま喉を切って、その命の灯火が消える最期まで、君は何もせずただ見ていた。とても酷い人間だね」


 彼女は薄目で妖しく笑い言った。

 酷いと言ったこと自体は本心だろうが、そのためにシュトロギーを死なせたことについて心から悔やんでいる様子はなかった。

 彼女の興味の対象から除外された瞬間、容赦なく彼女は心ない言葉を浴びせるようになる。


 俺のことを酷いというが、シュトロギーのことを考えるなら彼女の口からその言葉は出てこない。




 だからと言って『本当に酷いのはどちらか』という言葉を投げかけたりはしない。


 大したことはないと評するリリベルの旅話を、俺は聞き続けた。


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