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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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あり得た未来5

「一体、何者だ。最低の名を知り、最低たちの目的すら知り得ているなら、名を知ってから殺したい」

「ヒューゴだ。名を教えたからと言って、素直に殺されるつもりはないがな」


 リリベルが、若干頬を膨らませた。


 なぜ、膨らんだのかを尋ねながら、彼女を突き飛ばす。


 シュトロギーの剣が額を掠めて、左側の視界が上から赤く塗り染められていった。目が()みて拭うが、割れた額を治さない限り、すぐに血が伝って目を通っていくだろう。


 この暗さにこの視界の悪さは、戦うには致命的だ。


「私の知らないことを、ヒューゴ君が知っているなんて……」

「悔しいの――か!」


 シュトロギーは構わずに剣を振ってくる。

 決して避けられない訳ではないが、油断すれば一瞬で命を落とし得る剣戟を、背を逸らして躱わす。


 避け続けるのは好みではない。そろそろ反撃させて欲しいと思ったところに、彼女の手がシュトロギーの剣に差し込まれた。


 雷を放つのかと思った。

 杖なしでは魔法を上手く扱うことができないとかそれ以前に、彼女の魔力でシュトロギーへ攻撃すれば、それがどのような攻撃であったとしても、確実に反射される。


 リリベルは、この時点ではシュトロギーの能力を知らない。伝えられるのは俺だけだ。


「リリ――」


 この場でシュトロギーに彼女の名前を明かしたくなくて、途中で言い淀む。


 シュトロギーは突如懐に入り込んで来た金髪の魔女に、狙いを定めている。


「ヒューゴではないお前は、誰だ?」

「ヒューゴ君が君の情報を得られる隙間はない。知識を得る本を持ち合わせていないし、彼は本を好んでは読まない」


 2人の会話が噛み合わないまま、シュトロギーの剣が、縦にリリベルを切り裂こうとする。

 リリベルはするりと剣を避けることすらしなかった。


 どう頑張っても彼女を守るために剣に割って入ることはできなかった。

 必死で彼女の身を案じる罵声を浴びせるだけしかできなかった。


 できたことは祈ることぐらいであった。




 予想外にも祈りは届いた。


 ただ、彼女が無事なのは祈ったことが理由ではなく、彼女自身が剣を退けたからだ。

 マントが身体の動きに合わせて踊り、そのすぐ横をするりと剣が流れていった。


 殺意で向かってきた剣筋は、彼女の僅かな動きで軌道を無理矢理変えさせられたのだ。


 最早芸術の域に達していた。


 最小限の動きで、シュトロギーの剣の切っ先の方向がリリベルから離れていく。


「ヒューゴ君にだけ、君のことを知り得る機会が与えられたということは……ふむ」




 素手で動きを変えられたことに驚いたシュトロギーが固まっている間に、シュトロギーに拳を叩きつける。


 面白い程抵抗はなく、奴の頬にめり込んだ。


曙衣(しょえ)の魔女の存在が、ヒューゴ君の知識獲得の一助(いちじょ)になることは十分にあり得るね」


 彼女は恐ろしい思考力を持つ頭脳を全力で使い、なぜ俺が彼女に偽者と言ったのかを、全力で想像している。

 しかし、その他の一切を疎かにしているかと思いきや、彼女は片手間でシュトロギーを圧倒した。


 奴に苦戦していた時のリリベルとは全く違う。


「これ程までの実力を持つとは」

「俺の危険性を知ったなら、さっさと逃げた方が良いのでは?」

「それは、最低だができない」


 シュトロギーは頬を拭き、剣を握り直して向かって来た。

 一体何をムキになっているのだ?

 なぜ、引き下がらない?


「未来を先取りしたとか……うんうん、なるほど」


 独り言を続けるリリベルは、再び俺とシュトロギーの間に入り、つま先で剣の柄を蹴り上げた。

 奴の手から剣がすり抜けたのを、彼女は一瞥することもなかった。腕を差し出すと、奴の手から抜けた剣が、彼女の腕の上で踊った。

 下手をすれば自らの腕を傷付けたかもしれないのに、彼女は一切気にかけることなく、剣を腕の上で踊らせ続けた。腕で剣を回しているように見えた。


 そして、気が変わったかのように腕の方向を突然変えると、剣は勢い良く跳ね上がり、奴の角を斬り落とした。


 俺もシュトロギーも呆気に取られ続けた。


 なぜ、退かないのかをシュトロギーに尋ねようとしたことすら、忘れてしまうぐらいの不思議な動きだった。


「これは、剣の腕……と評して良いものか?」

「いいや。私はただ、君の剣を蹴っただけ。そして、たまたま、君の角を斬ってしまっただけだよ」


 彼女が何に意識を向けて、何を成そうとしているのかは、その口から真意が出てこない限り分からない。

 理解できるまで、彼女の行動は全て謎に包まれている。


 だから突然、話を噛み合わせ始めたリリベルは恐怖でしかない。

 幽霊なんかより、彼女の方がよっぽど怖い。


「でも、君やヒューゴ君を取り巻く状況が理解できれば、後は簡単だよ」


 ふふんと鼻を鳴らして彼女は、斬り落とした角の先を手に取り、シュトロギーの喉に突っ込んだ。


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