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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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あり得た未来4

 吐血が多くて、上手く言葉を喋ることができなかった。

 心地良い。


 血の味がする。

 心地良い。


 自らが吐き出した血が、おびただしく手にかかり剣を掴み辛くさせる。


 故にシュトロギーの襟を掴む。

 奴に逃げられないように、これでもかと強く掴む。


「成程、最低だ」


 軸の主導権は、俺が握っている。

 シュトロギーが俺を突き刺している剣を手放したが、既にその前に剣とシュトロギーごと位置を反転させていた。


 剣が目の前で形を失うが、既に山はそこにあった。




 次の瞬間には、俺とシュトロギーは剪裁する者(スケイズマン)の山に呑まれる。




 恐らく身体中のありとあらゆる部位が、向かってはいけない方向へ曲がっただろう。

 曲がっただけならまだ良い。圧力と重さのおかげで、千切れているに違いない。






 そんな現実(あくむ)を見た。




 悪夢と思わざるを得なかったのは、それが先に起こることだと認識せざるを得ない()に立っていたからだ。




「増えた剪裁する者を殺せる奴の顔を拝みに来てみたら、情事の最中に出会すなんて……最低だ」

「そうだね。せっかくの2人きりの時間を邪魔しないで欲しいものだよ」


 リリベルが服にめり込む程、ピタリと張り付きながら言った。


 肩まで伸びた柔らかい巻き髪と余りにも目立つ六角を携えた、シュトロギーが夜に光る。




「シュトロギー……」


 シュトロギーは一瞬だけ固まり、「ほう」とひと言呟いてから髪を掻き分けて顔色を見せた。


 ここは森の中だ。

 リリベルと俺の2人だけ離れて話していたところで、奴と出会(でくわ)した場面だ。


 そして、既に経験した場面だ。


「最低の名を知っているとは光栄だが、人間に名を呼ばれるのは最低だ」


 奴は俺に名前を知られていることに不快感を表した。

 不思議なものだ。


 奴は最初、嬉々として自ら名を明かしたというのに、今は真逆だ。


「どこの人間の骨かも分からぬ者に名を呼ばれ、挙げ句人間の色事を見る羽目になるとは、最低だ」


 人間の骨とは馬の骨を指して言っているのだろう。魔物基準の言葉なのだろうが、人間の俺からすれば一々考える暇を貰わなければならない言葉で、ややこしかった。


「そもそも情事ではない」


 この言葉は前にも言ったなと、既視感のあるやり取りをその後何度も行った。




 これが、何日前の話だったかはもう正確には思い出せない。


 それでも、紙に書いた文字の上にまた同じ文字をなぞらえて書くように、事は進んだ.。


 あの時と明確に違うことは、1つ。


 俺はこの後のしばらくの記憶を持っているということだ。




 俺自身の身体が起こした出来事だというのに、まるで俺ではないように感じられた悪夢にも近い戦いの記憶。

 その中で得られたことは、シュトロギーの明確な弱点だった。




 奴は強大な力に対して、それをそのまま反射する能力を持っている。

 何をどうしようとも、絶対に反射する。

 そう思っていた。


 だから剪裁する者の山が崩れた時も、崩れた肉の塊の凄まじい衝突を剪裁する者にそのまま当て返すのだと思っていた。


 だが、記憶が正しければ、あの世界で最後に見たシュトロギーは、何の抵抗もすることなく死んでいた。




 あらゆる角度からのあらゆる攻撃に対して、防御と攻撃を同時に行う魔法を奴は発動しなかった。




 真っ先に思いつく理由は、発動できなかった、だろう。


 では、なぜ発動できなかったのかということを考えれば、夜には目立って仕方ない奴の紋様の刻まれた眼球が、その理由になりそうであった。


 アレが正しく眼球として機能しているのなら、奴は視界に入った攻撃しか、反射できない。


 圧倒的な魔力や、暴力的な攻撃であればある程、効果を与える範囲は広がる。それらはシュトロギーが例え後ろから攻撃されたとしても、視界に勝手に収まり、魔法を発動してくれる。




 あくまで推察だが、この推察が当たっているとするなら、奴の反射は全くもって万能ではない。


 正面から戦うことさえ避けて、ある程度の力を振るえば誰でも倒すことができる。




 聞き覚えのあるシュトロギーの質問に、言い覚えのある返答で迎える。




 すると、奴は記憶通りに俺に興味を示した。




 だが、ここでは戦いは起きない。

 シュトロギーは誰かに、俺が剪裁する者を倒したという嘘を報告したがっているからだ。

 六角の魔物は、理性的で自制の利く男だ。




 だから、奴が剣を生み出し、斬り掛かって来たという現実は、予想外であった。

 ここが本当に現実なのかもいよいよ疑わしくなるが、曙衣(しょえ)の魔女は決して幻を見せない。

 あの魔女は、あくまで奇跡を強調させるために嘘で終わらせようとしない。


「報告しなくて良いのか?」


 リリベルは表情こそ崩さなかったが、細かな顔の動きで戸惑っていることは分かった。

 いつもなら、数歩先を読んで話す彼女だが、今は俺が彼女と同じことを行っている。


 これで、少しは俺の気持ちを分かってくれたら良いのにと思いつつも、シュトロギーと会話を続ける。


「誰かは分からないが、剪裁する者を倒した俺のことを報告しなければならないのだろう?」


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