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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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あり得た未来3

「奇跡とは一体何を指して言っているのか」

「気にしないでくれ」


 会話の脈絡もなく、自然と動作した。


 シュトロギーの腕に噛みつき、奴の肉を食い千切ると、奴の血が喉を通る。

 血の味など、普通であれば不味さ故に喉が引き攣って飲み込めすらしないはずなのに、不快感が胸下に降りてくる感覚を身体が受け入れていた。




 もうひと噛みしてやろうかと思ったら、顎が切断された。




 煙の中から現れた剪裁する者(スケイズマン)の腕が、俺を割った。


「そうか、その余裕は不死から来るものだったか」


 顎ごと身体を割られて即座に元の姿に戻った俺を見て、シュトロギーはこれまでの声色から一転して、明朗になった。


「四肢をもぎ、死なぬように治療をしてやれば、少なくともヒューゴは何もできるまい」

「その前に自死を選び、再び元の姿に戻るさ」

「最低だ」




 シュトロギーが新たな黒剣を生み出し、俺との距離を取ろうとする。


 何が起きようとも俺は奴との距離を詰め続けた。

 同時に奴を剪裁する者で挟める最適な位置に回り込む。シュトロギーを攻撃する訳にはいかなくなった剪裁する者は、動きが止まる。


 剪裁する者に攻撃されずに、シュトロギーを自由にさせないための策だが、これは剪裁する者が1体だけの場合だ。




 このように、剪裁する者がもう1体加勢に来られては、目が足りない。




 だから次は、剪裁する者を誘い出すことにした。


 シュトロギーに張り付き続けていると、片方の剪裁する者が奴から俺を引き剥がしにのそつき来る。


 いよいよ俺に掴みかかるかという瞬間に、剪裁する者の足の下を這い、後ろに回り込む。


 シュトロギーから離れたと認識したもう1人の剪裁する者が、剪裁する者ごと俺を切り裂き殺す。




 中途半端に意識を残す死は、剪裁する者を分裂増殖させる結果に結び付くが、それで良かった。


 剪裁する者が再び形を成す前に、シュトロギーのもとまで全力で走り込み、奴の胸に飛び込み、地面に倒す。


 後は殴るだけだった。


 殴るのに最適な形の拳など用意はしていない。

 ただ、ひたすらに殴った。


 硬い物と柔らかい物を殴った時の感情の起伏が、こんなにも差が出るものだとは思わなかった。

 生者特有の温感や反射が、殴れば殴る程伝わってくる。


 恐らく俺の人生で最も感じ取りたくない感覚だが、今は享受せずにはいられない。


 それどころか、この感覚を誰にも渡したくないとさえ思えてきた。




 反射で反撃に出たシュトロギーに何度も斬り殺された。少しでも早く俺の攻撃から解放されたいがために、急所を狙い続けていた。

 剪裁する者がシュトロギーを傷付けないように、俺の頭だけを狙って破り裂いた。


 そのどれもが俺を即死させた。




 それを繰り返した。




 やがて、剪裁する者は数え切れない程にひしめき合うようになった。


 シュトロギーを守るために、奴から俺を離そうとするがために、剪裁する者は俺に群がろうとした。


 だが、元が緩慢な巨体の特徴のせいで、足元を潜って避けるのには訳なかった。


 あらゆる物を切り裂く腕振りは、それ自身をとてつもない程増殖させる。

 分裂と生を繰り返し、実体はひしめき合い始める。

 その場に実体を作り出すことができなくなった剪裁する者はやがて、退かされたように直上に肉塊をめり上がらせる。


 剪裁する者自身の上に剪裁する者が出来上がり、さらにその上に出来上がり、1番下の剪裁する者が押し潰され死ぬ。


 繰り返されるそれは剪裁する者の山を作る。数は倍々に増えていき、山の高さは瞬く間に標高を作る。

 そして、奴等自身は危惧し始める。


 護衛する対象が自ら積み上げた山の雪崩に襲われ始めていることに気付いたからだ。


 だが、既に奴等ができることはない。


 巨体の山を登り、頂上に辿り着き、シュトロギーを目視する。

 身体が勝手に動き出す。


 足を踏み、肩を踏み、肉塊を踏み、落ちるように駆け下りる。

 一瞬が惜しかった。踏むたびに山は形を崩し大きな雪崩を作ったが、気にかける必要性すら感じなかった。


 少しでも早くシュトロギーを殺したい。命をすり潰したい。言われてから意識した口の端は、未だ吊り上がっている感覚はある。


 笑っている。俺は笑っている。


 足取りは軽く、奇跡的に1度も転ぶことなく、シュトロギーに飛びかかる。それができたこと自体が喜びだ。


 シュトロギーは後退しつつも俺を迎え入れようとしてくれた。

 剣を具現化し、飛び上がった俺に向けて剣を構えた。


 今更、体勢を変えることなどできない。

 だか、別に気にならなかった。気にする気さえ起きなかった。


 俺は俺自身の死さえ遭遇できることに高揚感を得ていた。殺すことができるならそれが例え俺自身の命だったとしても、心が浮ついて仕方がなかった。


「それがヒューゴの本性……人間の本性か?」

「違う。俺は、俺の本性は、こんな……()()()ものじゃ……」


 ぶつりという音が腹で鳴り、じわりと温かさを含む水分が服に染み出る。

 自重で刃の根元まで身体が落ちきり、奴の目の前まで辿り着くと高揚感は最高潮に達する。


 迫り来る肉の雪崩の音が、戦いを彩る。

 崩れた剪裁する者たちが、俺の命を奪うかもしれない。俺とシュトロギーの戦いを邪魔するかもしれない。


 いつもの俺だったら焦っているはずだ。


 だが、今は。

 焦りなど1つ足りとも湧いては来なかった。





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