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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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あり得た未来2

 その貴族のような出で立ちをした魔物を見るのは何度目だろうか。


 曙衣(しょえ)の魔女が呼び起こした奇跡は、何をどう頑張ろうと俺に正しく降りかかることはない。

 こんなことで自信を持ちたくないが、誰よりもリリベルの呪いの強さを知っているからこそ、奇跡は絶対に俺や曙衣の魔女が望む形で起きることはない。


 それでも、本気を出した曙衣の魔女の魔法で、すぐ前のシュトロギーとの戦いの結果よりはマシになるだろうと信じるしかない。




 剪裁する者(スケイズマン)を呼ばれたら勝ち目はない。




 時間を稼がれたら負けの目は見えているはずだが、今はなぜか気にはならなかった。




 どうせ奇跡が起きるなら、俺の味方になる者たち全員がこの場に集まってくれたら良いのにと思う。


 すぐに無意味な妄想だと気付く。




「偶然、か?」


 シュトロギーは表情こそ変わることはなかったが、その言葉尻には淀みがみられ、動揺を察せられた。

 こう何度も俺と鉢合わせになれば、その困惑も無理はない。


「偶然だ。単なる偶然だ」




 シュトロギーは依然として、納得のいくような表情をしていなかった。

 仮に俺が奴の立場なら、俺だって疑う。ずっと後をつけてきたのではないかと思い込み、相手の言うことを信じたりはしなかっただろう。




 奴は動揺を隠せないまま、それでもいつものように、黒い剣を創り出し、構えた。




 今の俺は、記憶がはっきりとある。

 この街に辿り着くまでの方法や、エルフたちが襲われている理由、それを解説してくれるお節介な魔女たちの姿などが、鮮明に頭の中に浮かぶ。


 それなのに武器を1本も持っていないことの理由を説明付けられる記憶が存在しない。

 はっきりとしすぎて、空白の記憶が目立って気になって仕方がないのだ。


 まさか、娘が武器になれるから武器はいらないと思ったのだろうか。


 もしそうだとしたら、我ながらに馬鹿と言わざるを得ない。

 途中経過の俺はともかく、今の俺なら絶対にネリネを危険な目に遭わせるような状況にさせまいとするはずだ。




 結果として素手でシュトロギーと相対している状況から察するに、無理矢理にこの状況を、何者かの手によって作り出されているのではないかと勘ぐってしまう。




「今回も戦うつもりはない、とでも言うつもりか?」


 剣を構えたシュトロギーが、そう問いかけた。


 そう。


 戦うつもりは今だってない。そのつもりだ。


 なぜ戦うのかの理由付けもできない。


 それでも、幾度となくシュトロギーと戦ってきた。


 無駄な争いは避けるのが信条で、争いが起こらないで済むならどんなことだってやる。

 それが俺だと、俺自身が自信を持って言えたはずなのに、今はその同一性が失われている。


「答えることができないのか」


 シュトロギーは自然に思ったままの疑問を俺に投げている。


 それは俺も良く分かっている。


 リリベルが横にいたのなら、彼女を守るためだとはっきり言える。


 リリベルが横にいなくとも、彼女が未来で傷を受けることになるなら、理由になる。


 争いを避けるための理由はいくつもあると直感が答えてくれているのに、いくつもの理由が浮かんでこない。


「無言は肯定と捉えよう。ともなれば、行うべきは戦いだ。答えられる理由がないのだからな」


 理由は幾らでもあると大声で叫びたかった。




 それでも叫ばなかった。




 それどころか、戦いに赴く1歩を踏み出した。




 足に立ち止まれと命令しても、勝手に動く。


 浮足立っていた。


 よろめきそうになって、踏みしめる必要があった。




「ヒューゴ、中々表情が読めない男だと思っていたが、今は分かるぞ」

「俺は……俺は今どんな表情をしているんだ?」




 シュトロギーの見える剣を避けて、奴の手を捌く。

 あらぬ方向へ飛び立つ剣を横目に、俺はシュトロギーと組み合う。




 それが、それが嫌だとは思わなかった。




「笑っているぞ」




 黒い霧が身体を纏わりついたかと思えば、それはすぐさま剣の形となった。

 形となった刀身に身体は挟まれていて、剣が具現化された段階で、肉や内臓が押しのけられる。


 腹に刺さったという現実だけが後からやって来て、激痛が身体中に迸る。


 だから、思い切り剣を引き抜いて死んだ。


 生き返った。




 一体どうしてしまったんだ。

 俺はこんな奴じゃないだろう。




 自問自答は意味をなさなかった。




 戦わない理由付けはできなかったのに、戦うための工夫は幾らでも浮かび上がった。


 奴が生み出した剣を、そのまま奴に叩きつけてやった。

 勿論、刃が当たるように向きは縦にしている。


 だから、奴は斬られた。


 自分でも驚く決断と行動の早さは、シュトロギーが剣を黒いモヤへ戻すことを遅らせた。


 生み出した物を無に帰すのにも、意識が必要だと直感していた。

 具現化の力を持つからこそ、その予想を安易にさせたのかもしれない。




 そして、当たり前のことだが、シュトロギーは自らが圧倒的に不利になったと気付けば、剪裁する者を呼び出した。




 頭上から飛び降りて来た巨体は、激しい衝撃を鳴らして、石畳を半壊させる。




 目に見える破片は1つも俺には当たらない。


 おかげで戦いが続けられる。




「まるで人が変わったかのようだ」




 性格は変わらない。

 持って生まれたものだ。


 争いを避けたい。

 他者を傷付けたくない。できることなら命を奪いたくない。でも死にたくはない。


 だから、あり得ない。




 殴り刺されることに喜びを得て、自らが死ぬことすら素晴らしいと思う。

 シュトロギーの息の根を止められそうになった時は、心臓が跳ね上がって血管の脈動する音がより大きく聞こえる。


 剪裁する者が現れて、更なる困難と戦いの複雑さが襲い来ると知って更に快感が湧き起こる。




 俺の性格では絶対に湧き上がることのない感情を、説明できることはないが、どうしてもそれを言葉で表そうとするのなら、それは。




「奇跡だ」


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