あり得た未来
凄まじい景色の移り変わりが視界を埋める。
そして、頭の中が爆発したかのような、圧倒的な情報の波が叩き込まれる。
見たことも経験したこともない知識の塊は、未来に起こる出来事を先取りしているのだと強制的に理解させられる。
今の俺は世界とどう繋がっているのか。世界と共に時間が加速したのか、俺だけが先の世界に移動しているのか。
複雑怪奇で説明のつかない魔法は、いくら受けても慣れるものではない。
長い時間をかけて蓄積するはずだった経験が、一挙に押して寄せてきて、割れんばかりの頭痛が収まった時には、赤い街並みが残されていた。
「どうやらこの困難は解決しそうだね」
その出で立ちのせいで、周囲の赤と同化しかけていた魔女は、楓衣の魔女クレマズメだった。
「楓衣の魔女……」
「魔物1人を倒すのに大掛かり過ぎるだろうに」
「何の話だ」
「曙衣の魔女のことさ、黄衣の魔女のお気に入り」
楓衣の魔女は、ゆらりと秋色のマントを揺るがして、占いのためであろう謎の動きを短く行って、話を続けた。
見覚えのある赤い景色に、身体の操作が追いついた俺はすぐさま物陰に隠れた。
間違っていなければ、ここはエルフたちの領域だ。
そして、エルフでない俺が見つかればすぐさま殺されるような状況だ。
「ここは安全。占いの結果がそう示している」
「今の動きで一体どんな運勢が分かるのか、素人目には理解できないな」
「理解してもらっては困る。私の食い扶持が減るだろうに」
彼女は人差し指で口を縦に割って、口角を上げた。
風来者の彼女は、酷く汚らしい。顔は汚れているし、良く見ればマントの下の衣服も泥の跡や食事の染みが付着している。
だから、キメているつもりのそのポーズも全く締まらない。
彼女は気が変わったのかポーズを止めて、まだ燃えている部分もある近場の瓦礫の山を登り始めた。
足を踏むたびに赤黒く燃え残っている木材たちが、火花を散らして崩れるが、それでも山全体が崩れることはなかった。
彼女の運の良さなのか、それとも辛うじて山を形成できる燃えていない物が残っているのか、結局そのまま彼女は登頂してしまった。
占いの結果が安全と言っても、わざわざエルフたちに視認されやすい場所へ立つことはない。
危険を冒すべきではないと彼女を宥めるが、彼女はそのまま見たいものを見始めた。
「アレも、アレも、アレも多分は、黄衣の魔女のお気に入りに縁のある者々に違いない」
「目で見える程近い場所にいるのか? いや、それよりも早く降りて来い、危険だぞ」
「人間の目よりは遥かに利く。黄衣の魔女のお気に入りが見ても小さな点にしか見えないだろうに」
「それは最早、目が利くとかいう次元の話ではないだろ……」
たまに周囲を観察するが、人気はない。
あるのは赤黒く燃える空と、悲惨という言葉を絵にしたような街並みだけだ。
破壊されていない綺麗な家屋もあるが、目立つのは火に包まれながら、建物の自立が失われゆく家屋たちだ。
空の赤さと遠くの悲鳴や怒鳴り声、そして頻発する爆発音が、この事態は局所ではなく街全体に及んでいるのだと察せられる。
「まるで台風の目さね」
楓衣の魔女は、一帯をぐるりと見回し終わった後、転んだかのように身を前に投げ出した。
あからさまに着地する気のない体勢だったので、飛び出して彼女を受け止めざるを得なかった。
彼女が地面に落ちきる前に身体を捉えるが、受け止めきれなかった。
彼女と共に派手に転ぶ羽目になる。
リリベルがどれだけ受け止めやすい魔女であったかを今、思い知った。
「運が良い」
「どこがだ……」
野性味あふれる香りは、お世辞にも心地良いものではなかった。
楓衣の魔女は、礼も言わずにすっと立ち上がり、勝手に会話を続け始める。
「曙衣の魔女が引き起こした奇跡たちの丁度重なる点が、ここ。ここは折り重なった奇跡の恩恵を最も受けられる場所だろうに」
言うなり彼女は物陰に隠れて、手を降ってにこやかに言った。
「説明は済んだ。後は任せる。私は戦いが得意ではないから」
楓衣の魔女の言葉のすぐに、まるで2人が裏で示し合わせていたかのように、奴が現れた。
先程会ったばかりの、六角の男がいきなり道端から現れた。




