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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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噛み合わないおさらい5

「引き下がる」


 リリベルは押し倒したままにして、俺だけが立ち上がってシュトロギーに頼み込んだ。


「俺の力量を計る目的は済んだだろう? 互いに戦う意味はなくなったはずだ。元より此方は戦うつもりはなかった」


 傍から見れば無様極まりない言葉を吐いていることは、百も承知だ。


 だが、それでも構わない。

 リリベルは自身が興味を示すものに関しては、体裁や体面などを気にするが、興味のないことに関してはとことん無関心を貫く。


 だから、彼女に興味のない事柄の範囲内であれば、ある意味で何を言っても構わない。




 とはいえ、俺にも少しばかりの意地がある。

 攻め手のない俺たちが、わざわざ相手を逆立たせるような尊大に言葉を連ねたのは、リリベルのためだ。


『俺はすごくはないが、リリベルはすごいのだぞ』と、暗に表したかった。


 リリベルの威光をなるべく落とさずに、リリベルの命を守る。俺の頭で思い付く案はこれが精一杯だ。




「最低だが、是非もない」


 驚いたのは俺の方だ。

 シュトロギーと剪裁する者(スケイズマン)たちの方が遥かに有利な状況であろうに、あっさりと奴は飲み込んだ。


 それなら先程までの好戦的な態度は何だったのかと、問いたくなるぐらいの気の変わりようだ。




 シュトロギーは取り繕いようのない身なりを、それでも一応は整えてから、ただの徒歩で去った。


 剪裁する者は俺とリリベルをじっと見つめ続け、今にも腕を振るってきそうな雰囲気はあった。

 それもシュトロギーのひと声で、何事もなかったように振り向いてから、奴の後をゆったりと付いて行った。


 先の予定を気にしないかのような、遅さであった。


 奴等の姿が消える前に、俺はリリベルの杖を拾い上げてから、彼女と共に戻ることにした。






 俺は戻るなり、曙衣(しょえ)の魔女に文句を言った。


 奴が起こした未来を体験する奇跡は、現実との乖離が余りにも酷かった。

 事前に経験した奇跡が、その通りに起きないのならそれは最早奇跡とは言い難い。


 曙衣の魔女に対する今の俺の心は、不信だけだ。

 まさか、あの不可思議な体験と現実が一致しなかったこと自体が奇跡とでも言い出すのではないだろうか。

 だとするなら、彼女はとんだ似非魔女である。




「私の奇跡は貴方に届かない。奇跡的に貴方は、貴方が求める最上の奇跡を、貴方自身で回避する」


 曙衣の魔女は、ああやはりかという表情をした後、それが分かりきっていたかのように再び顔を背けて、ネリネとの謎の手遊びを再開した。


「黄衣の魔女に降りかかる奇跡の軌跡に貴方がなぞられたら、貴方にも奇跡が起きると考えていたけれど、どうやら貴方は奇跡的に別の奇跡を引き起こしているようね」


 つまるところ彼女はお手上げだと言いたいのだろう。


 彼女が言葉1つで一体いくつの奇跡を引き起こすのかは知る由もないが、彼女が研鑽を重ね続けてきた技術の結晶が、全く歯の立たないという結果に終わったと知れば、魔女としての矜持が引き裂かれてしまう。




 だが、長らく魔女と生を共にした経験が俺にはある。


「なら、お前の魔法(きせき)は役に立たないのだな」


 曙衣の魔女の手遊びが一瞬だけ止まる。




「ヒューゴさん、いくら何でもそれは言い過ぎかと思いました」

「良いぞー、もっと言ってやれー」


 面白がって発破をかけるリリベルと、若干引いているオルラヤは脇に置いて、俺は曙衣の魔女からの次の言葉を待ち続けた。




 すぐに彼女からの回答がくることは分かっていた。魔女の性がそうさせている。


「……貴方に縁のある者たちの奇跡を掻き集めて、奇跡が重ならせる。あらゆる奇跡が起こり、それを奇跡と呼べるかも怪しい世界の中心点に貴方を誘う。そうして、貴方の呪い(きせき)を殺す。これなら文句もないはず」


 曙衣の魔女の眼は燃えていた。

 黄衣の魔女の呪いを打ち破ってみせると大きく宣言した彼女の語気は、出会ってから1番強いものになっていた。


「やってくれるのか?」

「今すぐに」

「え?」

「休憩もいらない。今すぐに、貴方を、先に体験した奇跡を遥かに上回る奇跡に、遭遇させる」


 自身の力がどれだけすごいかを、俺にひけらかせたい魔女は、すぐにでもやってやると言った。


 心の準備ぐらいは設けてくれるかと思ったが、やる気になった魔女を止めることはできなかった。

 まあ、そもそも止めるつもりもなかった。

 やる気を出させておいて、待ったをかけるのは余りにも虫が良い話だと思ったからだ。


 だから、曙衣の魔女が起こした奇跡とやらを、俺は無防備に受けた。


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