噛み合わないおさらい4
「相手と全く同じことをするなら、それに少しばかり手を加えて上回れば、お前は勝てる。お前が使っているのはそういう魔法だ」
「なるほど。自らは僅かな魔力を消費するだけで、労せず敵を倒せるということなのだね」
膝についた小石を払って立ち上がったリリベルが、納得の声を上げる。
伏せたままでいてくれと言ったのにそれでも立ち上がるのは、喋りたがりとかっこつけしいな性格のためだろう。
彼女の行動には目を瞑るしかない。
言っても聞かない時は大抵、彼女の信念というか根幹部分が押し出されている時だ。
少しだけ横に移動して彼女の前に立つ体勢になってから、続けた。
「あの時はお前にひと文字すら名乗るつもりはなかったはずなのに、それでも口から出てしまったのは、お前の能力のためなのだろう。お前が名乗れば、俺はお前の礼に尽くさなければならなくなる」
シュトロギーは無言で剣を振った。
それは遅かった。
俺の実力に合わせて振られた刃は、身体を寄せて柄を握り、それ以上の振り下ろしを止めることを、余裕で達せられる程の速度だった。
「相性なんてものを考えずに、ただやり返す。そんな夢のような力は、俺の頭では及ばない途方もない力を使う者たちにとって、絶大な効果を発揮したことだろうな」
相手が強ければ強い程、奴の力はより際立って発揮される。
奴もまた俺と同じように、強大な敵に対してあらゆる策を講じて、奴にとっての最善の戦い方を編み出してきたのだろう。
そう。
戦う相手はいつだって格上ばかりだった。
「まだ話せる余裕があるということは、弱すぎる俺に対しては、お前の力は融通が利かないか?」
「さすがだ。最低の見立ては間違っていなかった」
シュトロギーは言いながら空いた手で俺の首を掴もうとした。
掴まれる前に、奴の鼻っ柱に向かって思い切り額を当て込んだ。
シュトロギーを倒すのに、大それた詠唱も研鑽した武の技術も必要ない。筋力強化も複雑に絡んだ無数の策を講じる必要もない。むしろ、あってはならない。
「つまり私も拳だけで戦えば良いのだね?」
袖を捲って鼻息を荒く立てるリリベルの額を小突く。
「何で今日はそんなに好戦的なんだ……」
リリベルに気を取られている間に、右肩がシュトロギーの刃に貫かれて痛みが走った。
当たり前だ。よそ見をして無事でいられる状況ではない。
右肩が熱くなり、水分が服に滲む感覚が肌に伝わっていく。
それでも問題なく戦い続けられると自信を持てるのは、シュトロギーの強さのおかげだ。
「よそ見はいけないよ」
「……み、味方だよな?」
盛大に敵に塩を送った彼女は、悪びれることなくふふんと鼻を鳴らした。
杖を横に捨てて、素手で立つ。
そして風のように俺をすり抜けて、シュトロギーの後ろに回り込んだ。
俺に注視するか、リリベルに注視するかを決めかねていたシュトロギーは、迷う間にリリベルによって腕を引っ張り上げられ、彼女の全体重がその肘と肩にかかった。
シュトロギーは簡単に前に倒れた。
華奢で小さな身体で、大の大人を組み伏せるその姿は、不思議としか言いようがないし混乱してしまう。
「体術を扱うのは初めてだけれど、意外と上手くいくものだね」
「ヒューゴの魔女ともなれば、最低を凌駕するのは容易い、か」
シュトロギーの言葉のどこに反応したのか、彼女は掴んでいた手を離して身体を起こし、両手を頬に当てて不気味に身体をくねらせていた。
身体が自由になったシュトロギーは、当然身体を起こそうとする。
だから、奴が反撃に出る前に剣を持つ手を封じ込めようとした。
「最低だ」
顔だけを上げて、俺と目を合わせ、ひと言呟く。
同時に真横で凄まじい衝撃音が響く。
肉の爆ぜる柔らかな音と、暗い色の土埃が舞い上がる。
土埃の向こうを確認するよりも先に、リリベルを捕まえて奴から距離を離すことを優先した。
その行動は自賛に値した。
衝撃音の源から、風切り音に反して緩慢な動きで前進する剪裁する者が現れた。
「そのための護衛だ。最低が1人で戦うには分が悪い。この手を使うのは最低だが……」
「いいや、1人で戦う方が愚かだよ。戦いは群れて成すものが常だからね」
彼女と共に血に伏せた後、きつい暴風が頭上を通り過ぎて髪が乱れる。
髪が乱れただけで済んで良かった。頭を上げていたら今頃剪裁する者の風で刺し身になっていただろう。勿論、リリベルがだ。
なるほど、剪裁する者の性質はこのためにあったのだな。
剪裁する者を倒すためには、一撃必殺の攻撃が必要だが、シュトロギーを倒すためには、最弱多手の攻撃が必要だ。
2人が同時に現れれば互いの長所で短所を補い合える。
リリベルの雷はシュトロギーによって食い止められ、俺の拳は剪裁する者によって邪魔されることになる。
「ヒューゴ君、さあどうしようか?」
残念ながらどうしようもない。




