噛み合わないおさらい3
「最低だ。こんな所でヒューゴに会うとは」
「単刀直入に言う。剪裁する者を操って一体何をするつもりなんだ。あの大男を殺せる者を知って、何がしたい」
奴と戦いが始まらないように会話を試みる。
だが、シュトロギーは会話に答えつつ、黒い霧を生み出して剣の形にした。
「理由を聞きたくて、わざわざ追いかけて来たのか?」
「いや、出会ったのは偶然だ。だから、改めて聞こうと思ったまでだ」
そう、偶然だ。曙衣の魔女によって意図的に起こされた偶然だ。
「これから敵対する者たちを奮起させることは、愚策で、最低だ」
「その言葉は、魔物以外の全てを排除したいから悟られたくないと聞こえるのだけれど、気のせいかな?」
リリベルの問いには答えなかった。そこが魔物たちにとっての核心であり、俺たちにとっての厄災足りうる事柄なのだろう。
「答えられない質問を答えられるようにするためには……いや、何をどうしても答えるつもりはないか」
「人間に理解されるのは最低だ」
「では、俺たちはシュトロギーに対する用はなくなったな」
本来ならリリベルの手を引き、すぐにでもシュトロギーから逃げ去るだろう。
今はあくまで振りでそうしている。
未来で経験した体験談が、奴との戦いが起きることを示唆している。
もしかしたら、万が一にでも奴との戦いを避けられるのではないかと、祈り続けて祈り続けた。
それでも背中に当たる殺気は止まず、背を向けながらも奴が生み出す音に耳を傾け続けた。
「いいや、ヒューゴには用がある。個人的な用で余りにも最低だが、ヒューゴに興味が湧いた」
空を切る音が聞こえてからでも、十分に反応は間に合った。
リリベルを押し倒すように前に倒れ込み、俺だけは体勢を元に戻してシュトロギーの次の剣を身体で止める。
「最低だ」
「ああ、俺も最低だ」
シュトロギーは俺に身体を割り込まれたせいで、次の攻撃ができないでいる。
突進の勢いを利用して、目一杯に肘で思い切り奴の鳩尾を貫いた。
「酷いよ、ヒューゴ君!」
「そのまま伏せていてくれ」
『今までのことは遊びだったのね』とか理由の分からないことを言って遊ぶ彼女は、今は放っておく。
「ほう。最低より優位に立っているはずなのに、なぜヒューゴは最低と言うのか」
「ああ、何せお前を倒すには偉大な魔女も伝説の剣も必要ないのだからな」
シュトロギーは俺の首元に腕を潜り込ませ、全力で圧迫してきた。
例え不死でも、身体は死の危険から逃れようと勝手に反応してしまう。
締められた首を解放したくて、奴との距離を空けてしまう。
その途端に、奴は黒剣を身体が反応できるぐらいの素早さで振り回してきた。
鳩尾の1発のお礼が首絞めということだろう。
その結果には納得ができた。
「お前を倒すために必要なものが、ある程度の弱さだということに気付いてしまったら、誰だって嫌になるさ」
奴は相手と同じことをする。寸分違わずに、その魔法を知らずとも使うことができる。
原理は分からない。大体、魔法や呪いの類を扱う奴のその原理が、分かったことなどほとんどない。
ただ攻撃されたら、やられた分をやり返す。
リリベルが強力な雷を放てば、同じ雷を放つ。
俺が剣を振れば、奴も剣を振り返す。
奴が自らの名前を明かしたなら、俺も奴の自己紹介に応えなければならない。
「お前は、相手がやったことに対して、同じことをしなければならない。逆に、お前がやったことに対して、俺も同じことをしなければならない」
シュトロギーの剣がピタリと止まり、奴は目を見開いた。
「何でも生み出せそうな便利な霧がある割には、お前は剣しか作り出さない。それしかできないのは、そういう能力なのだろう?」
「たった数回の魔法の撃ち合いを経て、その考えに至ったのか?」
「いいや。信じてくれないだろうが、俺はお前が戦う姿を良く見てきた」
シュトロギーの能力か、制約か。奴は奴自身の力で戦うことはできず、相手の得意な戦い方の中でしか戦うことができないのだ。
きっと俺が魔法を使ったなら、奴は魔法を使ったことだろう。
だが、残念なことに今の俺は中途半端なものしか放つことしかできない。
誰かの助けなしではまとまに戦うことができない。
俺は、ただ相手の動きを見極めて身体を動かすことに慣れただけの人間だ。
だからこそ、俺はシュトロギーと互角に渡り合うことができる。




