噛み合わないおさらい2
俺たちの会話は自然と止まり、向こう側の男に焦点が合う。
「彼を呼び止めて、ヒューゴ君はどうするつもりなのかな?」
「分からない。分からないが、なぜか奴と話さないといけないという気がしている」
「理由はないけれど、会わなければならない、と。ふむ、曙衣の魔女の魔法の強制力によるものかな」
リリベルは俺を置いて勝手に結論をつけて、黄金の杖を前に差し出し、躊躇なく雷を放った。
杖から放たれた光が真っ直ぐに放たれ、六角のシュトロギーがいる地点で光が炸裂する。
さすがに戦うとは言っていない。
ただ、話さなければならないと思った。足が勝手に奴に向かって歩いているだけなのだ。
だから、好戦的なリリベルにひと言ってやりたかった。
しかし、言うよりも前に、眼球がリリベルを捉えるよりも前に、向こうで飛び散った光が、いつもと違う動きをしていることに気付き、目がそれを追った。
何かが起きると察知して身体が勝手に動いた。
リリベルの前に出て受け止めたのは、雷だった。
身体に光が触れたと知覚した瞬間、無となる。頭からつま先まで真っ白になったとでも言えば良いのか。
何も考えられず何も動かせない。
逆に言えば、起きたことはそれだけだ。
光が終わって、視界が戻って自分の身体を確認した時には、福だけ焼け焦げて、肌はいつも通りだった。
即死したのだと悟った。
「雷を扱う魔女に雷で返して来るなんて、良い度胸だね」
リリベルがやる気になってしまった。
しかし、果たして今の攻撃は本当にシュトロギーによるものなのか。
もし、今の雷が奴の魔法によるものだとするなら、当然の疑問が生まれる。
なぜ、俺と戦った時には奴は魔法を使わなかったのか。
リリベルはもう1度雷を放った。
彼女の魔力に見合った黄金の杖は、魔力の制御を極限まで高め、少ない魔力で莫大な威力を生み出す。
威力が余りにも強すぎて、中途半端な魔力を持つ者では、そこらにいる単なる村人とさして変わらない。
歪んだ円卓の魔女たちでやっと、彼女の雷を受け切ることができるかどうかというぐらいだ。
だから、剣で戦うだけのシュトロギーでは、絶対に彼女に敵うはずがない。
彼女の雷を受けて生きていられる訳がない。
それなのに、奴は爆音の中で影を保ち、全く同じ光を此方に投げ込んでくるのだ。
身体の表面が音で叩きつけられ、シュトロギーの周囲の石が巻き上がり、粉々に砕け飛ぶ。
それ程の衝撃を生む、最早雷と呼べるか怪しい魔力の塊を奴は食らっておきながら、リリベルと同じことをやり返してきた。
リリベルはムキになっていた。
受けた挑戦から決して退くことはしない。
雷を放られて、避けるなんてことはしない。
彼女の盾となって前に出ていたが、やがて彼女自身が俺より前に出てしまう。
杖に込めた魔力でシュトロギーの雷を弾き、詠唱する声は徐々に大きくなる。
飛来する爆音の間隔が徐々に近付いていき、魔法を放つ者同士として、明らかに適切ではない距離に達する。
その魔法の応酬を止められるのは俺しかいなかった。
リリベルを後ろから抱きかかえ、そのまま反転して彼女を置く。
俺の行動が意図するところを即座に理解して、それでも不満な顔で彼女は次の雷を放つことを止めた。
最後に放たれた雷をリリベルが弾いてやっと応酬は止まった。
しかし、また次の応酬が始まってしまった。
雷の音に釣られて、クロウモリやオルラヤが慌てて来た。
奥にいるシュトロギーを一瞥するなり、オルラヤが氷の華をシュトロギーがいる地点に咲かせる。
血気盛んが過ぎる。
「オルラヤ! 待て!」
オルラヤに両手を大きく振って見せて、彼女に近付こうとした歩を進めた瞬間に、足元でバリッという音がした。
もう1度似たような音が聞こえると、姿勢を保っていられなくなり、前のめりに倒れてしまう。
石畳一面が氷漬けになっていた。
反射で両手を前に突き出したことで、両手は石畳に貼り付き、水分が一瞬で凍る。
まるで硝子のように両手は石畳の上のオブジェの一部となった。
シュトロギーの能力が何となく分かった。
身体だけ動かして、シュトロギーを見やる。
「ヒューゴさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。死んだだけだ。」
オルラヤとリリベルが周囲の氷を払ってくれたおかげで、2度目の氷漬けからは免れた。
シュトロギーからの追撃はなかった。
「ヒューゴさん、あの男は一体誰なんでしょうか。私の魔法が効きません!」
「魔物であること以外は俺も分からない。だが……」
オルラヤの問いに答えている間も、シュトロギーはずっと遠くから俺たちをただ眺めていた。
話しながら1歩進む。
シュトロギーも1歩進む。
「今、新たに分かったことがある」
もう1歩進むと、奴も同じように進んだ。
「恐らく奴は、俺でなければ倒せない。そして、此方から攻撃しなければ奴は攻撃しない」
「オルラヤ、クロウモリ、リリベル、決して手出しはしないでくれ」
もう1歩進むと奴は2歩進んだ。
リリベルが俺の袖を摘みながら付いて来た。
「ああ、理解したよ。ヒューゴ君。ぞくぞくしてきたね」
気持ちの切り替えの早いリリベルの行動と心情を読み取るのは、常人であれば難しい。
だが、俺なら分かる。
「付いて来るだけだぞ。次はいきなり攻撃はしないでくれ?」
「勿論だとも。君だけが頼りになる状況に置かれていると分かったら、いつもより胸が熱くなってきたよ」
オルラヤとクロウモリはその場に立ち止まり、様子を見ることに決めたようだが、リリベルは絶対に離れないという意志を感じた。
彼女が攻撃をしないなら、どの距離にいてくれても構わない。
そう思いながら、摘まれていた袖から手を離してもらい、繋ぎなおす。
「……惚れ直したと言いたいのか?」
奴は2人分の歩みで俺たちと距離を縮め、そして顔の判別が容易にできる位置にまで辿り着く。
「直した、ではなく、もっと好きになったが正しいかな」
直接的な好意の表れに胸が高鳴るが、その余韻に浸る間もなくシュトロギーが顔をしかめて言った。
「最低だ。また、情事の最中か」
手を繋いで好意を言葉にしていただけで、色事と判断する極端な魔物の男は、リリベルとオルラヤの魔法に直撃された後も平然としていた。




