出来事の前借り3
俺に頼られることでリリベルは目に見えて張り切った。
寝不足気味の彼女はどこへやら。
彼女の知識と頭脳が全力で働くと、彼女はすぐさま答えてくれた。
「未来の前借りだね」
「これから実際に起こる出来事を体験したということか?」
「その通りだよ」
疑っている訳ではないが、彼女は他の可能性を一切言葉にせず、1つを結論付けて断言した。
「彼女は奇跡を起こすことに傾倒しているから、幻視や錯覚を見せることを嫌う。君が体験した出来事は、現実と見て間違いないだろうね」
「現実に起きた出来事だとしても、現在の俺の身体はここにあったのだろう? それなら――」
リリベルは鼻を鳴らして続ける。
「この場にいる私や鬼の彼は、誰も君がこの場から遠く離れたことを知覚していない。つまり、私たちに奇跡は起きていない」
「あの、俺の質問の答えは……」
「ヒューゴ君だけが、誰かに起きた奇跡に釣られてしまった」
余程、知識を披露できることが嬉しいのか、早口で捲し立てられている上に、此方の疑問には答えてくれないことを悟った。
こうなってしまうと彼女は止まらない。
彼女の満面の笑みを眺めながら、諦めて聴くことに徹するしかなかった。
「君は六角のシュトロギーに起きた奇跡に誘われたのだよ」
「更に君に起きた奇跡は質が悪いことに、君の身体で体験したことではなかった」
止まらない彼女の衝撃的な発言に、俺どころかクロウモリも、その傍にいたオルラヤも呆けていた。
ネリネはアイワトラと無邪気に遊んでいるが、それは別だ。
「ヒューゴ君。君が見て触ったエルフだらけの世界で、君は君自身の顔を確認したかな?」
そこでやっとリリベルの言葉が止まった。
「いや、見ていない」
「それなら、君自身がヒューゴ君でなかったことは確定したね」
「なぜそれで確定――」
「君は別の人間の身体を使って、シュトロギーと戦った」
あ、駄目だ。
話を聞いてくれる余地がない。
「なるほど。曙衣の魔女は君にシュトロギーと戦わせて、訓練とさせた。実戦に勝る訓練はないと彼女は言いたかった訳だ」
彼女は手を顎に当てて、ぶつぶつと呟き始めた。
「あの、リリベルさん?」
「ん?」
やっと我に返ったリリベルだったが、呼びかけてきょとんとしたそのあどけなさ過ぎる表情に、俺は質問する気が失せてしまった。
「いや、何でもないさ」
真横にいたクロウモリが小さく「諦めた……」と呟いたことを俺は聞き逃さなかった。
朝にできることを済ませた後、俺たちは再び森を歩き始めた。
動物たちの声がしなくなった森は、酷く寂しいものであった。
曙衣の魔女の用はとっくに済んだはずだが、未だに付いてくる。
なぜと問うが、彼女は魔女特有の要領を得ない回答であった。意味は分からないが、曙衣の魔女の用事が終わっていないことは確実だ。
その日から毎朝、実戦訓練が行われた。
時系列が順不同で、俺の記憶にない相手と死闘を繰り広げ続けた。
その誰もが、俺が戦うのに丁度良い実力を持った相手であった。
今まで戦ってきた強大な相手と比べたら、誰もが弱かった。
だが、俺にとってはぎりぎり勝てるかどうかという相手であった。
それでも、止めを刺さないという選択肢を選ぶことが簡単にできることは、ある意味で幸せであった。
喜ばしいことはそれだけではない。
日を増すごとに相手の実力は上がっていき、その技を見切り、勝つことで、俺は成長し続けた。
戦いにおける成功体験の乏しい俺にとっては、この旅路の訓練は、余りにも実りがあった。
クロウモリとの稽古でも、力では敵わなくても、彼の動きを見て対応できるくらいには成長した。
だから、シュトロギーに再び出会った時は、幾らかの慢心があった。
曙衣の魔女は、徐々に俺に実力と自信をつけさせて、更に強い相手を用意していると思っていた。
だから、1度勝った相手と再び戦うとは思っていなかった。
奴と初めて剣を交えた時よりも、俺は強くなっているはずで、シュトロギーに遅れを取るとは思えなかった。
「最低だ」
石積みの長い城壁を横目に、俺とシュトロギーの2人だけが対峙していた。
城壁は所々で隙間から草が生えていて、今は使われていない廃城であることを窺わせた。
歪な六角を頭に携えた男を見るのは、これで3度目だ。
「シュトロギー……」
「最低の名を覚えていてくれたとは思わなかった」
「3度目にもなれば覚えるさ」
「3度目? いいや、これで2度目だ」
どうやらこの場にいる彼は、エルフたちの国に出会った頃よりも前のシュトロギーのようだ。
「このような所で出会うとは思いもよらなかった。最低だ」
前回と比べても、此方の今回の目的は決まっている。
最初からシュトロギーと戦うつもりで、既に構えて奴の動きを待つ。
「ほう。随分と好戦的な男だ」
「お前は剣しか知らない。だったな?」
「最低の素性を知っているのか? 侮れぬ情報網だ。ならば最低が魔物であることも知っているのだろう」
いや、それは初耳だ。




