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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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出来事の前借り3

俺に頼られることでリリベルは目に見えて張り切った。

寝不足気味の彼女はどこへやら。

彼女の知識と頭脳が全力で働くと、彼女はすぐさま答えてくれた。


「未来の前借りだね」

「これから実際に起こる出来事を体験したということか?」

「その通りだよ」


疑っている訳ではないが、彼女は他の可能性を一切言葉にせず、1つを結論付けて断言した。


「彼女は奇跡を起こすことに傾倒しているから、幻視や錯覚を見せることを嫌う。君が体験した出来事は、現実と見て間違いないだろうね」

「現実に起きた出来事だとしても、現在の俺の身体はここにあったのだろう? それなら――」


リリベルは鼻を鳴らして続ける。


「この場にいる私や鬼の彼は、誰も君がこの場から遠く離れたことを知覚していない。つまり、私たちに奇跡は起きていない」

「あの、俺の質問の答えは……」

「ヒューゴ君だけが、誰かに起きた奇跡に釣られてしまった」


余程、知識を披露できることが嬉しいのか、早口で捲し立てられている上に、此方(こちら)の疑問には答えてくれないことを悟った。


こうなってしまうと彼女は止まらない。

彼女の満面の笑みを眺めながら、諦めて聴くことに徹するしかなかった。




「君は六角のシュトロギーに起きた奇跡に(いざな)われたのだよ」


「更に君に起きた奇跡は(たち)が悪いことに、君の身体で体験したことではなかった」




止まらない彼女の衝撃的な発言に、俺どころかクロウモリも、その傍にいたオルラヤも呆けていた。

ネリネはアイワトラと無邪気に遊んでいるが、それは別だ。




「ヒューゴ君。君が見て触ったエルフだらけの世界で、君は君自身の顔を確認したかな?」




そこでやっとリリベルの言葉が止まった。




「いや、見ていない」

「それなら、君自身がヒューゴ君でなかったことは確定したね」

「なぜそれで確定――」

「君は別の人間の身体を使って、シュトロギーと戦った」


あ、駄目だ。

話を聞いてくれる余地がない。


「なるほど。曙衣の魔女は君にシュトロギーと戦わせて、訓練とさせた。実戦に勝る訓練はないと彼女は言いたかった訳だ」


彼女は手を顎に当てて、ぶつぶつと呟き始めた。




「あの、リリベルさん?」

「ん?」


やっと我に返ったリリベルだったが、呼びかけてきょとんとしたそのあどけなさ過ぎる表情に、俺は質問する気が失せてしまった。


「いや、何でもないさ」


真横にいたクロウモリが小さく「諦めた……」と呟いたことを俺は聞き逃さなかった。






朝にできることを済ませた後、俺たちは再び森を歩き始めた。


動物たちの声がしなくなった森は、酷く寂しいものであった。


曙衣(しょえ)の魔女の用はとっくに済んだはずだが、未だに付いてくる。

なぜと問うが、彼女は魔女特有の要領を得ない回答であった。意味は分からないが、曙衣の魔女の用事が終わっていないことは確実だ。






その日から毎朝、実戦訓練が行われた。


時系列が順不同で、俺の記憶にない相手と死闘を繰り広げ続けた。

その誰もが、俺が戦うのに丁度良い実力を持った相手であった。


今まで戦ってきた強大な相手と比べたら、誰もが弱かった。

だが、俺にとってはぎりぎり勝てるかどうかという相手であった。


それでも、止めを刺さないという選択肢を選ぶことが簡単にできることは、ある意味で幸せであった。




喜ばしいことはそれだけではない。

日を増すごとに相手の実力は上がっていき、その技を見切り、勝つことで、俺は成長し続けた。




戦いにおける成功体験の乏しい俺にとっては、この旅路の訓練は、余りにも実りがあった。




クロウモリとの稽古でも、力では敵わなくても、彼の動きを見て対応できるくらいには成長した。


だから、シュトロギーに再び出会った時は、幾らかの慢心があった。






曙衣の魔女は、徐々に俺に実力と自信をつけさせて、更に強い相手を用意していると思っていた。


だから、1度勝った相手と再び戦うとは思っていなかった。

奴と初めて剣を交えた時よりも、俺は強くなっているはずで、シュトロギーに遅れを取るとは思えなかった。




「最低だ」




石積みの長い城壁を横目に、俺とシュトロギーの2人だけが対峙していた。

城壁は所々で隙間から草が生えていて、今は使われていない廃城であることを窺わせた。




歪な六角を頭に携えた男を見るのは、これで3度目だ。


「シュトロギー……」

「最低の名を覚えていてくれたとは思わなかった」

「3度目にもなれば覚えるさ」

「3度目? いいや、これで2度目だ」


どうやらこの場にいる彼は、エルフたちの国に出会った頃よりも前のシュトロギーのようだ。


「このような所で出会うとは思いもよらなかった。最低だ」


前回と比べても、此方の今回の目的は決まっている。

最初からシュトロギーと戦うつもりで、既に構えて奴の動きを待つ。




「ほう。随分と好戦的な男だ」

「お前は剣しか知らない。だったな?」

「最低の素性を知っているのか? 侮れぬ情報網だ。ならば最低が魔物であることも知っているのだろう」


いや、それは初耳だ。


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