表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
639/723

出来事の前借り

できることなら大声で彼らの名を呼び、反応があるかすぐにでも確かめたかった。


だが、多くの人影を見かけてしまうと、声も上げ辛い。

人影たちそれぞれが、武器を持ち合わせているとなれば尚更だ。




炎と死体の道を見て回って分かったことは、ここがエルフの国だということだ。

最たる特徴である長い耳と、恐ろしく整った顔や綺麗な肌が至る所で見られた。


正しく人形のようだ。


どれも死んでいるが。




石畳を駆け続け、ようやく見つけた人工物は建物の残骸であった。


黒く炭化し、そこがどういう部屋だったかの判別は、全くできない。

周囲の至る所で火の手が上がっていることを考えると、この建物は意図的に燃やし尽くされたのだろう。




だが、隠れるには丁度良かった。

残骸の影に身を潜めて、周囲の様子をもう少し窺う。




エルフと誰かが戦っているところまでは理解できた。

エルフばかりを見るということは、エルフ対何者かの種族間の争いだろうか。


ともなればエルフと戦っている相手が気になるというものだ。




周囲を見渡し、隠れられそうな建物の目星をつけて、移動する。

また別の隠れ場所を探して、移動する。


同じことを繰り返しても、見えてくるのはエルフたちが忙しなく走り回る姿か、死体だけだった。




ある意味で変わり映えのしない状況に嫌気が差して、それこそ奇跡でも起きやしないかと祈った。




そして、祈りが届いた。




「最低だ」




6本の捩じ曲がった角を頭に生やした、汚れや皺1つない綺羅びやかな燕尾服を着た男が、影に隠れもせず道の真ん中から、建物の影に隠れた俺をただじっと見つめていた。


届いた祈りが必ずしも良い方向には向くとは限らないものだ。


いつ、どうやって、そこにいたのか。

最新の注意を払って辺りを警戒していたはずなのに、いつの間にかそこに立っていた。


周辺の爆発音よりも響いてよく聞こえる石畳を叩く靴音が、徐々に大きくなっていく。




剪裁する者(スケイズマン)を殺す程の手練れと、こんな僻地で出会うとは推知の余地もなかった。最低だ」


小気味良い靴音を最後に、壁の先で奴は立ち止まった。

強い気配を壁越しにひしひしと感じて、これ以上は隠れ続けていられない。




「しかし、解せない。なぜ隠れ続ける? 最低はヒューゴが隠れていることに気付いていることを知っているはずなのに。出てきてはどうだ?」




出て行くつもりはなかった。

奴に姿を見られないように、姿勢を低くして逃げるつもりだったからだ。




それなのに、俺は男の前に堂々と立ってしまっていた。

構えもせず、胸を張って、まるで友と接するかのような感覚で、俺は立っていた。


掌を何度も握り直して、身体が動くことを確認する。


大丈夫だ。間違いなく俺の意志で身体は動く。




「シュトロギー……」

「たった1度聞いただけの名を今でも留めていたとは、驚嘆であり、最低だ」




今でも?


今でもも何も、俺と奴は昨夜会ったばかりのはずだ。

さすがに昨夜出会った怪しい男の名を忘れる程、俺は耄碌(もうろく)してはいない。


俺のことを余程忘れっぽい人間だと思っているのだろうか。




「俺のことを手練れだと評してくれるなら、見逃してくれても良かったんじゃないか」

「闇討ちの可能性を空にできない」

「なら改めて言うぞ。俺は戦うつもりはない。人探しで忙しいんだ」


強気に言えば見逃してくれるのではないか。これはただの願望だ。


「血塗れの剣を持ち、人探し、か?」

「信じてくれなくて構わないが、気付けば持っていただけで、俺の剣ではない」

「最低の言い訳だ」

「最低で構わない。それで、どうなんだ。見逃してくれないのか?」




剣を握る手に自然と力が入った。




「ヒューゴがどれだけの手練(しゅれん)か興味がある。個人的な興味に心を呑まれるのは極めて最低だが……」


右目に刻まれた金色の魔法陣が色めき立つと、黒いモヤが奴の身体から生まれる。

モヤは奴の右手に集まり、無形から固形に変化した。

両側に刃を持った長い刃渡りで、丁度俺がよく使っていた黒剣に似ていた。


奴はその重みを確かめるように、ゆっくりと舐めるように剣を回した。


「知恵を持つ者として尽きない興味の前に、最低は無力だ」




シュトロギーは極めて強い個人的な感情で、戦いを選んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ