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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第22章 順不同の奇跡
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奇跡的な戦い3

「端的に言えば、圧倒的な力で叩き潰せば彼は死ぬ」


「言えばそれで済む話だったね。わざわざこの森に出向いて来る必要はなかったと思うよ」


「奇跡は1つだけではないから」




訳の分からない魔女同士の会話に、俺とクロウモリは辟易しながら火の準備をしていた。




リリベルに火をつけてもらった方が早いが、今は忙しそうだから此方で準備をしている。


無論、俺は火を起こす魔法を唱えられない。




腹を空かせた小さな猛獣が、俺の腕をかじり続けている。


作業の邪魔ではあるが、構わず続ける。








だが、ネリネの腹を満たす肝心の食料がなかった。




なかったが、リリベルたちと会話していた曙衣(しょえ)の魔女が、会話を止めてそれとは異なる言葉を紡いだ途端に食料は現れた。


空から魚が降り落ちて来たのだ。

それらは勢いよくビタビタと跳ね回っていて、活きは良かった。

近くに海も川もないのに、魚が突如やって来て、腹を空かせた娘の前に現れたのだ。


奇跡だ。


「本当に食べて良い魚なのでしょうか」


クロウモリが正直な疑問をぶつけてきたが、構わずに魚たちを折って息の根を止める。

そして、串刺しにするのに丁度良い枝を刺し、火に近付けて焼く。

ネリネは俺が魚を焼く様子を、目を輝かせて行儀良く見つめていた。


「あの魔女の魔法は、俺以外には正しく作用するだろう。食べて何か起きれば、それは曙衣の魔女の矜持に関わるからな」




魚が焼けた頃には魔女たちの会話は終わっていた。


そして、いざ魚を食べようとした時には、予想通りに俺だけがまともに魚を食べることができなかった。


魚を食べようとしても、注意したのにも関わらず骨が口内で突き刺さった。

どれだけ試しても骨が突き刺さり、魚の身を喉に通すことができなかった。まるで、骨の方が意志を持って動いているかのようだった。


結局、魚を何尾も食べたのに腹を満たされないネリネにあげることになった。

血だらけで痛みを伴った口内に、食べ物を運ぶ気にはならない。


俺だけは曙衣の魔女の奇跡の恩恵にあやかることができないことは、明らかだった。




唯一まともに腹に収まった食事は、リリベルが見繕ってくれた少量の野草だった。

血のせいで味覚がおかしくなってしまっているのか、辛うじて舌で味わえた焼き魚の味よりも、ただ湯通しただけの野草の方が美味しかった。


「ただ茹でただけの野草をそうも美味しそうに食べられると、こう、何だか照れるね」


俺の食いっぷりを眺めていたリリベルは、そう言うと心なしか顔を赤らめて、肩に寄りかかって来た。

彼女の機嫌が分かりやすくて助かる。




黄衣(おうえ)の魔女の呪いに奇跡が負けるだなんて、悔しい」


火を囲んで対面にいた曙衣の魔女が、眉をひそめて俺たちの絆に文句を言い放った。

肩に寄りかかったままのリリベルは、曙衣の魔女に見せつけるかのように腕を絡めてきた。


「ふふん。私の騎士はすごいのさ」






食事の後、皆が寝静まった頃でも俺1人だけは眠ることができなかった。


声が薄っすらと耳に入ってきてどうにも落ち着かない。

幻聴か、夢のことか、はたまたそれ以外の何かなのか。

どこか聞いたことのある声だが、思い出すことができない。


声を無視して眠りに就こうとするも、寝ることに意識を集中させるあまり、眠気は一向にやってこない。


こういう時は気晴らしに身体を起こして、別のことを行えば眠くなることは知っている。


火が少し小さくなっているが、リリベルの寝顔ははっきりと見えた。

少しは歳を重ねて大人っぽくなっているかと思えば、緩み切った寝顔はまだまだあどけなさを残している。


いかん。

余計に眠れなくなる。




火に集って寝ている皆から少し離れて、切り刻まれて倒れた丸太に腰を掛けて空を見上げた。

見上げた意味は特にない。

変わり映えのしない森を見るよりも、星々を見ていた方がまだ意味を見出だせると思って無意識に上げたのだろう。


じっくりと星空を眺めるのは久し振りだった。

星々は意外にも動きがない訳ではなく、小さな星でも僅かに明るさの変遷が見られた。




少しだけ身体が弛緩して、眠りに1歩近付けたと思った頃に、視界が金色が占拠される。

2度3度と口を塞がれて、彼女の方が満足したところで、今度は膝上を占拠された。


ぐっすりと眠っていたはずのリリベルに気を使って忍び足で離れたはずなのに、彼女はすぐに察知して付いて来た。


「眠れないのかい?」

「ああ。そして、たった今、余計に眠れなくなったところだ」

「それは可哀想だね」


皮肉混じりにわざと彼女はそう言って、更に俺の方に体重をかけてきた。


「君は魔法が使えなくなって、今まで以上に無力な人間になってしまったのだ。余り私から離れないで欲しいな」

「魔女でもなければ、大それた人間でもない俺に、わざわざ危害を加えようとする者なんていないだろう」


皮肉混じりの自虐を言ってみたのだが、リリベルは態度を崩さず続けた。




「ふふん。奇跡の魔女がこの場にいるのだから、君の思う起き得ないこともきっと起こり得るさ」

「俺に奇跡は起きないはず、だろう?」

「君にはね。でも、私や、私以外の者にとっての奇跡は起こる。ヒューゴ君をわざわざ狙ったりする者がいないと、君の口から聞かされてしまった私に対して、君に関わる奇跡が起きるかもしれない」


リリベルは森の奥を指差して、起きた奇跡を俺に認識させようとした。


今まで空を見上げ続けるか、リリベルを見るしか行っていなかったからか、森の奥からやって来たそれに気付かなかった。


本来なら闇に照らされる森で、何者かの視認などできないが、それは淡い光を携えているおかげですぐに分かった。


「ほら、起きて欲しくもない奇跡が起きたでしょう?」

「魔力感知ができるのだから、最初から気付いていたと言えば良いじゃないか」

「それは風情がないね」


1人の男が気怠そうに歩いて来て、少し離れた位置で止まり、俺たちに視線を浴びせる。


「最低だ」


男は深い溜息でもって、俺たちに出会ったことを後悔しているかのように、やけくそ気味に頭を掻きむしった。


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