偶然の魔
正道の魔法だけしか扱わず、勝手に禁忌と呼びつけて、魔法の使用を制限する者たちを魔法使いという。
魔法使いの印象を悪くさせるような言い方が多分に含まれているが、これはリリベルの目線を通しているからだ。
そして、魔法使いたちが勝手に規律化させた禁忌の魔法を使用したり、大よそ大多数の生命に利となる行為を行わない者たちを、魔女と呼ぶ。
道から外れたという悪い印象を強調するために、魔法使いの『魔』とは意味合いが異なっており、悪をなす者として呼ばれている。
魔女という言葉は、元来女に向けられたものである。
それなら男はどう呼ぶのか。
女ときているのだから、魔男という呼び方をする者もいる。
だが、これは少数意見だ。
リリベルによれば、大抵は魔人と呼ばれるそうだ。
『人』とつくが、その言葉の意味は人の形をした別の何かであり、ようは人ではないことを強調しているのだ。
俺がこれまでに出会った者の中で一番印象的であった魔人は微睡む者だろう。
微睡む者という呼び名は彼が自ら名乗っていた訳ではない。
彼を悪道に堕ちたとみなす者たちが、彼を普通の名で呼んでは危険視できないから、わざと悪い印象を植え付けさせるために別名を用いているに過ぎない。
魔人と呼ばれる者たちも、魔女と同じように己の欲望に酷く正直な者たちばかりで、姿形や種族を特定していない。
俺の感性で彼等を表すならば、狂っている。魔女と同じだ。
リリベル、ネリネ、クロウモリ、オルラヤと俺の5人で、フィズレに向かう途中に、魔物の群れに出会った。
ここがどこの国なのかもはっきりしない森の中で、1つの方向を目指して一心不乱に走り抜ける魔物たちは、多種多様であった。
互いに求めるパイを奪い合う生き物たちなら、邪魔なライバルは排除できる時に排除するはずだ。
それなのに、大馬ヴィルケや2つ首アンフィスバエナ、半翼半足のシャルカン、流動体だけのディゴリー、燃える死者、他にも複数の魔物がいるのに、1匹たりとも争う者はいなかった。
「まるで、何かから逃げているみたいだね」
「……何に?」
「さあ?」
言ってみただけのようだ。
だが、すぐに彼女の適当な返事は現実へと変化した。
群れの最後尾が通り過ぎてしばらくの時間が経ち、魔物たちに蹴られる心配がなくなったと分かってから、木陰からゆっくりと顔を覗かせる。
足音が聞こえてまだ魔物がいると思ったが、それは魔物ではなかった。
大男がのそのそと歩いていた。
オークではない。
顔立ちは人間に近いが、身体つきはオークに近い。
筋骨隆々で、人間が鍛えたところで辿り着くことは不可能な境地に達している。
つまり、あり得ない。
大男は服を着ているようだった。
だった、と言うのは、衣服がボロボロで、着ているというよりかは、布切れが引っかかっているような状態だからだ。
全く合っていないサイズの衣服を無理矢理着せて破れたか、最初は合っていたが身体の成長に合わせて衣服を取り替えないまま過ごしていたかのような破れ具合だ。
髪色は黒く、長らく切っていないのか顔がほとんど見えず、海藻を頭からぶら下げているかのようだった。
大男が大木に手で寄りかかって、足元の丸太を大股で越えようとした時、手をつけた大木が壮絶な音を立てて折れてしまう。
寄りかかろうとしただけで木が折れるのは、クロウモリと同等の馬鹿力があることを窺わせる。
「ああ、魔人だね。彼を直接見るのは初めてだけれど、人相書きの彼に間違いない」
「魔女狩りの対象でしたっけ?」
「そうだね。正確には魔人狩りだけれど」
オルラヤとリリベルの言葉に耳を傾け続けながら、彼の様子を注意深く見届け続けた。
「見た目からして話が通じなさそうですが、どうするつもりですか?」
クロウモリは小声で彼女たちに質問する。
俺もクロウモリと同意見だ。
もし、魔物が逃げ回る原因が彼にあるのなら、どう考えたって危険人物だ。
話しかけたい相手ではない。
木の陰に息を潜め続けて、大男を素通りさせる方が絶対に良いだろう。
「リリベル、教えてくれ。一体彼は何者で、魔女協会にとってどのような害悪があり、何と呼ばれているのか」
「何者かまでは知らないよ。でも、魔女協会にとって邪魔者であることは確かだよ」
その答えでは、まだ大男が善か悪かを測り切ることはできない。
「呼び名は……ええと……ああ! そう、剪裁する者だね」
「変な名前ー」
紹介した途端に、彼は転んだ。
寄りかかった木が折れた拍子に、バランスを崩した大男は周りの草木を巻き込んでしまう。
その名の由来を知ることができたのが、すぐで良かった。
大男がその場に倒れると同時のことだった。
明らかに彼の指1本足りとも触れていないはずの木々が、彼の転倒と共にバラバラに切り裂かれてしまった。




