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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第3章 すごい列車偉い人殺人事件
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嘘つきはヒーローの始まり

 5度目の揺れが起きた。

 リリベルが向かった先にこの揺れの原因があるとするならば、彼女が心配だ。

 だが、今はこの列車で起きた3人の死と従者の失踪について解決しなければならない。早く解決して彼女の元へ向かわないと。


 食堂車の雰囲気ははっきり言って悪い。

 悪さを感じさせる原因の1つとして、この場において、疑わしき者は罰するという空気になっていることだ。

 判断するのは、この場で1番地位のある者、ストロキオーネ司教になる。全ては彼女の主観に委ねられている。彼女が見聞きした情報を、彼女の感情で判断する。

 だから誰もが怯えている。犯人扱いされたら一巻の終わりだからだ。


 ケヴィンが運転室の様子を見に行っている間に、俺が死んだヴァイオリー大臣とハントの部屋を確認したいと言ったら、コルトが付いてくると言ってくれた。

 しかし、もう1人付いてくると言った者もいた。ストロキオーネ司教だ。


「貨物車へ連れて行かれたことをいいことに、分担して2人を(あや)めた可能性も捨てきれません。車掌だけでは不安なので、私も行きます」


 カウゼル男爵が危険だから考え直すよう彼女に願い上げるが、彼女は「私の魔法の腕は貴方も知っているでしょう? 心配は無用です」と突っぱねてしまった。


「ウィルヘルム。貨物室から戻ってきた魔女が変な気を起こしたら、貴方が対処しなさい」


 ストロキオーネはカウゼルに言ってから白い半獣人(ハーフビースト)は長杖をつき、獣の瞳で俺を睨み「行きましょう」と告げる。

 その眼光には確かに恐怖を覚えるが、本気で怒ったリリベルと比べたら屁でもない。






 ヴァイオリーの部屋へ入ると、扉を開けてすぐ奥の窓際に彼らしき死体が毛布をかけられて横たわっていた。

 毛布をめくると首は確かにない。着ている服には刺し傷のようなものは見られなかった。

 首の傷を見て少しだけ気分が悪くなってしまったので、すぐに毛布をかけ直す。


 ストロキオーネの話によると、発見した時は窓の下の壁に背を預けて座るようにして死んでいたそうだ。

 先程ロベリア教授が耳打ちして教えてくれた時は、窓際で倒れていたと聞いたが、この違いは一体何だろうか。

 いや、ロベリア教授の伝え間違いということもあるし、今は頭の片隅に置くことにしよう。


 部屋は荒らされた形跡がない。

 争った訳でもなく即座に首を切り落とされたということか。


 ヴァイオリーが倒れているところをよく見ると、死体から窓枠にかけて血の染みができている。おそらく首は窓から投げたのだろう。

 窓は強い雨風に叩きつけられていて水飛沫が立っている。目を凝らすと辛うじて外の景色が見えるが、木々が流れていく様しか確認できない。

 すると、コルトが列車の大体の位置を教えてくれた。


「今はエストロワ領に入り、山を下っていると思います」


 エストロワ領に入ったということは、コルトの故郷も近いということか。もしかしたら部屋を出た廊下側の窓からだったら故郷が見えるかもしれない。

 次にハントの部屋に向かうついでに、ヴァイオリーの部屋を出てすぐに、廊下側の窓を覗いてみたが、雨が強くてとても向こうの景色など見えなかった。


 諦めてハントの部屋に歩こうとしたその時、あれだけ大きく鳴っていた雨音が突然小さくなり始めた。

 もう一度窓の方に顔を向けると、窓に当たっている雨粒が小さくなり、外の景色が見やすくなっている。雨が止んできたようだ。


 だが、結局コルトの住んでいた村は見当たらない。もう通り過ぎてしまったのかもしれない。


「雨、弱まってきましたね」


 コルトも雨の様子を窓から確認しながら、そう言った。

 俺たちが窓を見ると後ろからストロキオーネが咳払いが聞こえてきた。よくよく考えたら、偉い人を前に自由な行動を取りすぎたと思い、すぐに彼女に謝りの意味を込めて礼をして、ハントの部屋に今度こそ向かうことにした。




 ハントの部屋はヴァイオリーの部屋とは違い、ひどい有様であった。

 部屋の中はあちこちに血が飛び散っており、ハントの死体はズタボロであった。胴体だけでなく手足にも刺し傷や切り傷がある。その上で、首を切っているのだから、一体どれだけの恨みを買っていたのだろうか。


 恨み?


 ハントとカンナビヒは無数の刺し傷や切り傷があったのに対して、ヴァイオリーは首だけを切り落とされている。

 恨みがあったとして、苦痛を味合わせたかったのだとしたら、ヴァイオリーには恨みがなかったということだろうか。

 人間の死体を見すぎて、気分が悪くなっていくのを我慢してハントにかかっていた毛布を戻す。


 ヴァイオリーやカンナビヒと同様に、部屋の同じ位置にある窓際を確認してみた。

 窓の近くは雨水で濡れていて床の敷き物は湿っている。

 窓の縁には血が垂れているので、ハントの首もおそらく窓から捨てられたと見て間違いない。

 ヴァイオリーの部屋の窓と違って気になるのは、木枠の右横側に飛沫したような血が付着しているところだ。どこからか飛んできたかのような血の飛び散り方だ。


 飛んできた?


 俺はすぐに窓を開けて、窓の外側の壁を見回してみた。

 コルトが危険なことをしないでくれと、注意しつつ俺の両脇に腕を差し込んで止めようとしていたが、無視する。


 あった。


 左側の壁に黒い模様がいくつも見える。泥が飛び散った時に付着するようなつき方だ。

 だが、恐らく泥ではなく血だろう。窓枠に付いている血の色と比較しても、同じような色だと判別できる。

 そして、右側にも同じように飛び散った血がいくつか付いている。


「ゼンゲさんの部屋を見てもいいですか?」


 俺は乗り出した身体を部屋に戻して、2人に提案する。

 コルトは本人の許可無く勝手に入ることはできないと困っているが、ストロキオーネが「構いません。私が許可します」と偉い人の強権を発動させた。

 他国の要人の部屋に入って外交問題にならないかという確認のため、コルトがもう1度念押しすると「許可します」と再び返って来た。

 強い。




 ゼンゲは若い商人で、カンナビヒ辺境伯のいちゃもんに食ってかかった度胸のある男だ。

 やはり彼が、一連の殺人の犯人ということだろうか。

 ハントがいた部屋を出て、5号車から4号車へ移動し、ゼンゲの部屋に入る。

 部屋は目立って変なところもなく、綺麗な状態を保ったままだ。


 コルトにハントの部屋の開いていた窓はどれか尋ねると、やはり他の部屋と同様に、同じ位置にある窓を指差した。


「それで、一体何を確認したいのかね?」


 ストロキオーネが猛獣のような唸り声を上げて、俺に質問をしてきたので、「窓に血が付着していないか確認したいのです」と返してやった。


 だが窓を開けても特に窓枠には血は垂れていなかった。

 どうやら俺の思い違いだったようだ。


「私が窓を閉めた時には、血なんか付いていませんでしたよ」


 コルトが否定するが、おそらく血が付くとしたらその後の話だから、彼の話はここでは参考にならないだろう。

 勘違いかと思い窓を閉めようと、上がっていた窓に手をかけた時だった。


 あ。


「血だ」

「え?」


 コルトとストロキオーネが寄ってきたので、俺はすり上げた窓の(かまち)の底部分を指差す。

 そこには血がべっとりと付着していた。


「なぜ彼の部屋に血が付いている」


 ストロキオーネが至極真っ当な質問をするが、普通に考えたらゼンゲが関わっていると思っていいだろう。

 しかし、部屋の中に血の跡がないとすると、拭き取られたのだろうか。

 拭き残しがあればそれが確たる証拠となりそうだが、パッと見ただけでは無い。


 濡れた敷き物も調べるが、敷き物に血が付着していたら、拭き取ったところで血が取れるわけがない。

 濡れた部分を手でなぞっていると、ふと押し込んだ手がやけに沈む箇所があった。


 もう一度押し込んでみると、やっぱり沈む。

 敷き物の端を掴み、無理矢理引っ張ると周囲の家具が低く鈍い音を立てて引きずられてしまう。構わずに思い切り引っ張ったら、沈んだ箇所の床が見えた。


 見たことのある扉だった。

 貨物室にあった扉と同じものだ。

 そして、扉の縁には血が付着している。


「ま、まさか……この扉を使って死体を運んだのでしょうか」

「いずれにせよ、一度食堂車に戻ってゼンゲに話を聞きましょう」




 俺たちがハントの部屋を出ると、運転室から戻ってきたケヴィンと丁度鉢合わせた。タオルで拭いたのだろうが、それでも服はずぶ濡れで寒さで震えている。

 ケヴィンによると、運転室の車掌はどうやら運転室で魔法石の様子を見ていたそうだ。その間ずっと彼は1人だったらしいが、それが果たして本当かは分からない。


 だが、幸運なことは重なるものだ。

 俺はコルトとストロキオーネに気付かれないように、ケヴィンに耳打ちしてあるお願いをする。


 再び車掌室へ戻るケヴィンに対して、2人がどうしたのかと質問を投げかけてきたので、「忘れ物をしたようです」と嘘をついた。




 再び食堂車に戻って来た頃には雨はすっかり止んでいたが、雷鳴は変わらず轟いていた。


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