金の杖8
慌ててネリネにファフタールから降りるよう要求すると、彼女は素直に降りて来た.。というよりも、ファフタールが首を下ろしてくれた。
ネリネは蛇の首を遊具のように楽しみ降り、両足で綺麗に着地した。
蛇は従順であった。
魔法を放つこともなく、噛みつく素振りも見せず、その場で暴れたりもしなかったし、リリベルがいる方向を見つめることもなかった。
ネリネが此方に駆け寄ると彼女の背を追うように、蛇が付いて来た。
ふた首の蛇で、魔物で、飼い慣らしている訳でもない。
「ネリネ、ファフタールと何かあったのか?」
「飼う!!」
「いや、飼わんぞ!」
大きさを考えて欲しい。こんな巨体をどこに住まわせるというのか。
「なんでー?」
「こんな巨大な生き物を世話なんてできないだろう」
「小さければ良いの?」
「まあ……大きさだけの問題でもないが、最低条件としても大きさが――」
「それなら小さくするー!」
まただ。
ネリネは魔法を放つ素振りも見ぜずに、ファフタールを言葉通り小さくしてみせた。
ネリネは極端であった。ファフタールはアンフィスバエナよりも小さくなってしまっている。
彼女が、ほらと言って手渡してきたファフタールは、俺の掌に簡単に収まってしまった。
すごい。
すごいが、これをファフタールとの戦いでやってくれたら、物事は早く片付いたのではないかと、思ってしまった。
すぐにネリネに戦わせること自体が嫌だったことを思い出し、首を振って先の感想をなかったことにする。
「飼っちゃ駄目?」
そもそも魔物は飼い慣らすことが難しいと聞いていた。
仮に飼い慣らせたとしても、魔力を求め続ける魔物の性質からして、ネリネは魔力を蛇に欠かさず与えなければならない。
最後まで責任を持って飼えるかどうかも怪しい。
それに言うことを聞くようになったとしても、安心はできない。言うことを聞くのは互いの信頼感からなるものではない。求めている魔力をただ与え与えられるという関係性に過ぎないからだ。
「駄目だ。この蛇はただの動物ではないんだぞ。ネリネが飼えるものではない」
「絶対に私の言うことを聞くよ? ねー? アイワトラー?」
「名前もつけたのか……」
ネリネが手指で蛇と戯れていると、等間隔に杖で土を踏む音が後ろから鳴った。
それは、つい最近から鳴るようになったリリベルの新たな足音だ。
「良いじゃないか、飼わせてあげれば」
「リリベル……」
「私が面倒を見てあげるよ。最期も、ね」
杖を手に入れてからのリリベルはすこぶる機嫌が良い。
魔力の扱いが今まで以上に良くなったようだ。ただでさえ、魔女並み外れた魔力操作ができる彼女に、更に緻密な魔力操作ができるようになる杖を得たおかけで、彼女は少ない魔力で魔法を唱えることができるようになった。
ただ、杖は正真正銘黄金で作られているため、非常に重い。俺でも杖を持って走ることはできない。
自分の身体よりも背の高い長杖をまともに持ち歩くためには、相応の力が必要になる。
その重さという不利を解決したのはネリネだった。
彼女は金の杖が軽くなるように願った。
リリベルのためを思って、ネリネはただ杖が彼女にとって便利になるように願った。
たったそれだけで、黄金でできた杖は子どもでも片手で軽々と持ち上げられるような重さへと変化した。
リリベルのもとへ駆け寄り、彼女の耳に手を添えて話した。
「杖を軽くしてもらってから随分とネリネに甘くなっていないか?」
「そんなことはないさ。私の判断が甘くなるのはヒューゴ君だけだよ」
そう言ったリリベルは猫のように頬を擦りつけてきた。
当然耳元に添えていた口が彼女の頰に触れることになる。
彼女は変な声を上げて尚、擦りつけてくることをやめなかった。
本当なら彼女の誘いに乗りたいところだが、娘の前である手前、痴態は見せられなかった。
口で彼女の頬を押し返して、彼女の瞳を見つめる。
「ファフタールが力をつければ、1番に狙われるのはリリベルだぞ」
「そうなれば、私の騎士が守ってくれるのでしょう?」
「当然だ。だが、黄衣の魔女の騎士は、ことが起きる前に、魔女から災厄を振り払うつもりだ」
「ふふん、そうだったね。私の騎士は心配性だったことを忘れていたよ」
2人の会話に身体ごと間に割って入って来たネリネが、俺たちを見上げて言った。
「ねー、飼っていいでしょう?」




