金の杖6
魔法陣が光り輝き、魔法が放出されるかという直前だった。
ファフタールの前の腕1本が突然捩れ始めた。
それで、腕の痛みに注意を逸らされた蛇は、魔法陣を途切れさせてしまった。
腕の辺りにクロウモリの角から放たれているであろう光が、わずかに窺えた。
いつの間にかファフタールがいる位置にまで到達していたようだ。
捩れた腕に向かって1本の首が突っ込んでいく。
魔力を奪う邪魔をするなという意の表れだろうが、その光景はこの剣に纏った魔力を解き放つ絶好の機会だった。
更に魔力が噴き上がった。
留まるところを知らない魔力は、周辺の地面すら削り取り始めていた。
剣を握るのに必死だった。
魔力の勢いが強すぎて勝手に手から離れていこうとしているのを、ネリネの意志で繋ぎ止めているようなものだった。
それをただ、力の限りに、縦に振る。
縦長の光の波動が剣から放たれる。そこにある魔力全てが、一直線にファフタールに向かって行くが、既にファフタールの1つ目の首は縦に割れていた。
巨大な蛇の魔物を真っ二つにする程の攻撃だ。反動で俺は即死する。
そして元の姿に生き返った。
もう1つの首が放たれた魔力を吸収しようと、必死に捩れた片手を伸ばしていた。
しかし、回る車輪に巻き込まれたかのように、光に触れた手は根元から空へ舞った。
魔力の塊を剣筋に乗せるだけの単純な攻撃が、巨大な魔物を完膚なきまでに叩きのめすことができるとは思わなかった。
更なる傷を負ったファフタールは、正に藁にも縋るような思いで、残った首を光に向かって伸ばした。
魔力を吸収しなければ死ぬという現実が差し迫って、魔物としての本能を呼び覚ました結果、それが無謀な行動であると考えることもできずに、ただ、救いの魔力へ吸い寄せられていった。
救いなどある訳がない。
吸収してもしきれない魔力を鼻先で触れた瞬間、ファフタールの2つ目の首が、軽々と弾け飛び上がって行った。
巨大な頭が、簡単に空へ舞う光景は中々お目にかかれるものではない。
2つの首を失い、力無く胴体を地面に降ろしたファフタールは、徐々に徐々に身体を失っていき、最後には世界中に散らばる魔力の1つとなった。
ネリネが元の姿に戻り、クロウモリと合流した後、俺たちはリリベルがいるであろう方向へ向かった。
途中でクロウモリが「後一瞬でも避けることが遅れていたら、僕も真っ二つになってましたよ」と文句を言ってきた。
素直に自分の想いを伝えられるのは、クロウモリという人となりを考えれば、かなり身近な仲にまで近付いたと言って良い。
「大げさな。クロウモリには絶対当てないつもりでやったさ」
本当のことだ。
もし、ファフタールの頭と俺の間に、クロウモリが来たなら、絶対に剣を振るつもりはなかった。
「お腹減ったー」
「もう少し我慢しなさい」
ネリネの助けがあったからこそ、ファフタールを倒すことができたとはいえ、言うべきところはしっかりと言わなければならない。
甘やかせば我がままに育ってしまう。そのような危惧のもと、俺は毅然とした態度で背負った彼女に言ってやった。
「リリベルと合流したら食事にしよう」
後はファフタールの魔力を失ったオルラヤに、リリベルの魔力を分け与えてやれば、全て丸く収まるはずだ。
はずだった。
「はーっはっはっ!! 人質を取られては手も足も出ないだろう!」
チヤやロクシミ、それとどこから現れたのか他数名のオルラヤの従者たちが、リリベルに罵声を浴びせていた。
その罵声を心地良さそうに聞き流して、久し振りに子供っぽく無邪気に笑うリリベルが、杖でオルラヤを羽交い締めにしていた。
オルラヤは頭を垂らして表情が見えないが、力なくリリベルの動きに合わせて身体が揺れているだけで、明らかにぐったりとした様子だった。
クロウモリは口を開けてただ呆けていた。




