金の杖5
蛇が痛みで悲鳴を上げた。
声の衝撃波のみならず、その場でのたうち回っていると予想できる地鳴りの連続がやってくる。
悲鳴に混じって森が薙ぎ倒されていく音も聞こえた。
ネリネに半ば強制的に空へ跳び上がりさせられると、丁度森が消えていく様子が見えた。
のたうち回るファフタールの尾がひと薙ぎしただけで、森がこそぎ落とされていったのだ。大地を裂くためだけに用意されたかのような、鱗の本領がひと目で分かった。
後少し跳び上がることが遅れていたら、ネリネの身に何かが起こっていただろう。彼女を助けたのは彼女自身だが、それでも彼女の魔力感知の力には感謝せざるを得ない。
ファフタールがいる辺りの森は、ほぼ消え去った。
おかげで森に隠れていた全身は、再び地上に落ちてもはっきり望むことができた。
クロウモリも無事なようで、細々になった木々の上に1人ぽつんと立つ姿が映った。
全身は血だらけだが、恐らく自身の血ではないだろう。
ファフタールは1本の首を俺やクロウモリに向けて垂らしているが、もう1本の首はまるで違う方向を向けていた。
どちらかと言えば、俺たちを見ている首もチラチラともう1本の首が見ている方向を気にしていた。
ネリネに連れられて、縦横無尽を駆け回って自分が今どの位置にいるのか分からなくなっていたが、奴の気が向く方向にリリベルがいることだけははっきりと分かった。
怪我した魔物が傷を癒やすために求めるものと言えば、やはり魔力だろう。
奴は更にリリベルに執着している。身体は既にリリベルがいる方へ動き始めようとしている。
此方に気を向けさせ続けるには、ネリネの力を借りるしかなかった。
「ネリネ、あの蛇は魔力が欲しくて欲しくて堪らないみたいだ」
「魔力って美味しいの?」
「いや、そういう意味ではなくて……とにかく、奴がどこかに行かないように、魔力をここに集めることはできないか?」
「良いよ! できた!」
返事の直後にファフタールの2本首が真っ直ぐに此方に向き直った。
それは、たったひと言の返事の間に、リリベルを上回る魔力を用意したことの証明であった。
クロウモリにボロボロにされた片腕が伸び始め、地上に大きな影を作った。
手を追いかけるようにクロウモリが飛んで来て、手当たり次第に地面をぶん投げる。
彼の腕力だからこそ、ファフタールの鱗を傷付けることができる。
ファフタールが怯んでいる間に、俺はクロウモリに向かって叫んだ。
「この魔物が暴れ続ければ、この辺りに住む皆が被害を受けることになる! あのオルラヤも魔物に苦しめられているんだ!!」
同情を誘う。
「俺が知るオルラヤは、決して善人を傷付けたりする魔女ではないんだ! ファフタールを倒した後に、彼女に会って確かめて欲しい!!」
興味を誘う。
「魔女は誰も彼も頭がおかしい奴ばかりだが、決して残忍な奴ばかりではない! それを知って欲しいんだ!!」
彼の魔女に対する憎しみに語りかける。
この言葉のどれでも良い。どれでも良いからオルラヤに興味を持って欲しかった。
クロウモリに語りかけている間に、蛇の口の前に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
ネリネの魔力を奪う邪魔をするクロウモリに向けられたものか、それともネリネを確実に捕まえるために放とうとしているものなのかは判然としない。
だが、奴の良いように魔法を使わせてはならないことだけは確かだ。
もう1度剣に魔力を纏わせると、ネリネが呼応してくれる。
彼女がかき集めてくれた魔力全てが、俺の魔力として感じ取ることができるようになった瞬間、身体が後ろに下がり続けた。
腰を落として踏ん張っても、噴射する魔力の勢いに勝つことができない。
魔力に鈍感な俺でさえ、魔力の流れを目で捉えることができる程、魔力が集まっていることを知る。
蒸気が噴射されるかのように、剣から魔力が放たれ続ける。どれだけ集中しても、魔力を留め続けることはできず、勝手に放出されているのだ。
剣から吹き出している魔力だけで、攻撃ができてしまいそうな勢いで、魔力酔いの症状は当然表れていた。
これだけの魔力があれば、直接切りかからずとも、魔力の波動だけでファフタールの首に届く確信があった。
それでも待った。
ゆっくりと剣を後ろに構えて、噴射される魔力に抗い続け、絶好の攻撃の機会を待った。
奴が万が一にも、極光剣を防御しないように機会を窺う必要があった。
そして、その機会はすぐに表れた。




