金の杖4
おお、これは中々。
過去に杖を使って魔法を詠唱したことはあったけれど、大して杖を使う必要性を感じられなかった。
だって、杖を使わなくても魔法は十分効力を得られたのだもの。
でも、この杖はすごい。
重いけれどすごい。
大体これくらいの魔力を使えば、このくらいの雷が繰り出せるって想像はできていたのだけれど、その想像を超えて雷が杖から飛び出た。
身体を震わせる雷震が心地良かった。
巨大な稲妻がオルラヤ君の直上から降り注ぎ、衝撃波で氷と森を蹴散らした。
その様子を見るだけで、その場で無意識にステップを踏んでしまう。
これは格好良い。
だから、オルラヤ君を誤って殺してしまっていないか少し心配になってしまった。
ヒューゴ君が悲しんでしまうと思った。
雷の後に巻き上がった煙から、彼女の影が見えたのを確認して、ほっとした。
「殺してしまうかと思った」
「死んじゃうかと思いました」
煙が晴れると、肩から鮮血を噴き上げて、純白の衣装を汚しながら肩で息をする彼女がいた。
上がる方の手から、巨大な氷の華が咲いたけれど、間もなく音を立ててばらばらと崩れていく。
「私との戦いに負けたと考えて良いかい? それとも、その傷を治して戦いを続けるつもりかな?」
周辺の遮蔽物を根こそぎ破壊したおかげで、彼女の世話係たちが遠くから怒声を浴びせて来る声が聞こえてきた。
その声がもっと大きく、確かに聞こえる位置まで来る前に、私は杖を引きずってオルラヤ君のもとに後ろに回り込む。
そして、杖で彼女の首を絞めながら無理矢理立たせて、私は言った。
「それ以上近付いてごらん。君たちの大切な魔女の首が焼けてしまうよ」
1度で良いから言ってみたかった台詞を実際に言うことができて、私は満足だ。
◆◆◆
森を這う音とは、枝葉が折れる音の集合だ。
音の数の多さに、巨体が動いていることは何となく察することができた。
だから、ファフタールの突然の行進を避けることができた。
蛇には似合わない身体から生えた人間の腕が、上から森を叩き潰す。
これも避けることができた。
避けているのは、剣となったネリネのおかげだ。
正直、今は深く考えている暇がないが兎に角、彼女は俺の身体を誘導して、ファフタールの攻撃を避ける手助けを行ってくれているのだ。
筋力強化の魔法に加えて、攻撃を察知してもらっているような状況だ。
叩き潰された森から手が退くと、森と森の間から空が見えた。
その空に、翼で飛んでいるのかと誤解してしまうくらいに飛び上がったクロウモリがいた。
一瞬で森の奥に消えていくと、けたたましい悲鳴と地鳴りと共に、森の奥から血の川が流れ込んできた。
「どうやったらあんなに飛び上がることができるんだ……」
「パパもできるよ?」
「できる訳がな――」
あくまで跳び上がる動作をしたのは俺だ。
だが、跳び上がるまでの動きを補助したのは、ネリネの魔法らしきものに依るものだ。
気付けば、俺の身体では絶対に跳び上がることはできない位置まで俺は飛んでいた。
背の高い木々を遥か上に越えて、遠くの山々が見える位置にまで到達していた。
そして、ファフタールの全貌が見えた。
卵が孵ったばかりのファフタールの大きさを想像していたが、それよりも遥かに巨大であった。
成長したのか。この短期間で?
4本の腕のうち、1本の腕にクロウモリが取り付いているのが見えた。
力任せに肉を引き千切り、周辺で文字通りの血の雨が降り注いでいた。
ひと通り状況を確認してから、ネリネに問う。
「ネリネ! 俺は飛びたかった訳じゃ……!!」
「構えて! 切って! いっけー!」
「お、おぉ!?」
剣が勝手に重くなったみたいだった。
剣に導かれるままに、鋭い速度で俺は地上にあるファフタールの腕に迫る。
空中で体勢を整えることの難しさを知らないネリネは、それでも無邪気に墜落して行く。
腕に到達する寸前になってようやく、どうにかの構えの体勢を取ることができたので、剣に魔力を纏わせた。
剣の形をしていてもそれがネリネであることに変わりはない。
この速度で腕に衝突して、彼女が痛みを受けないか心配であった。
だから、剣を包み込めるように中途半端な具現化を行おうと魔力を纏わせたのだ。
中途半端だとしても、やらなければならない。
俺が1度に出力できる魔力の量などたかが知れている。
これぐらいの魔力しか出すことはできない。そう思って魔力を放出したつもりだったのに、剣から魔力が左右に爆発するように放出された。
それは確かに俺の魔力だと自覚できるものだった。
無いものがどこからか現れて、それが大量に噴き出していた。
「魔法を撃ちたいのー? いっぱい良いよ!」
ネリネが俺の魔力を増幅させたことが何となく察せられた。
だが、察している暇が彼女を守ることを遅らせてしまった。
剣が腕に根元まで突き刺さる。
俺は胸に剣の柄を打ち、胸骨の悲鳴が聞こえて、呼吸が止まる。当たり前の結果だった。
それでも剣だけは決して手から離さなかった。死んでもこれだけは手から離す訳にはいかない。
剣からは相変わらず莫大な量の俺の魔力が放出され続けていた。ファフタールの腕の中でだ。
魔力を上手く制御することができない今、詠唱は絶対に失敗する。
しかし、それでも、絶対に失敗すると分かっていても、この絶好の機会に口に出さずにはいられなかった。
胸の痛みに息を吸うことはできず、身体に残っている空気を使って、魔法を詠唱する。
『極光……剣!』
剣を中心に魔法陣が浮かび上がり、ネリネがファフタールの腕の中から声を上げた。
「分かった!」
その次の瞬間には、放出していた俺の魔力全てが極光剣という魔法になった。
失敗は少しもなかった。
ネリネに関して言えば、幾ら驚嘆しても慣れることはないだろう。
驚いたまま、ネリネに導かれるままに、全力で切り上げた。
腕の中の魔力が剣の切り上げの勢いに乗って、その全てがファフタールの腕を千切り破る。
4本の腕のうちの1本が完全に消失した。




