金の杖3
珍しくはっきりと血が流れたかもしれない。
自分でも笑ってしまうくらい水切りみたいに氷の上を跳ねたと思う。
勢いが止まって、起き上がってみたら、真っ白な氷の欠片の山が血で汚れ始めた。
貰ったばかりの綺麗な衣服は、すっかり穴だらけだ。
氷漬けになった木々は、様々な要因で脆く崩れて、今は頭上も空がよく見えるようになっていた。
身体のあちらこちらが痛むけれど、今まで経験した痛さの数で言えば、下から数えたほうが早いかもしれない。
初めから私のことを殺す気などないことは察しがつく。
彼女が、ではなく、あの蛇が、そうさせているのかもしれない。
恐らくヒューゴ君は、さっさとこんな場所から抜け出て、誰を殺すことなく無関係でいたかったのでしょうね。
だから急いで町を出て、森を抜け、国を出ようとした。
それが、ファフタールの魔力で命を繋ごうとするオルラヤを見てしまったばかりに、アレ等と関わらざるを得なくなってしまった。
ヒューゴ君は今、オルラヤ君とクロウモリ君を、彼が知る関係性へ戻そうとしている。
2人と出会ってから彼の目は輝いていた。その輝きが良い意味なのか悪い意味なのかは置いて、とにかく彼はやる気がでてしまったわけだ。
となると彼が次に起こす行動は察しがついてしまう。
彼はオルラヤ君とクロウモリ君を繋ぎ合わせる悪役になろうとしている。きっとそう。
元々明日をも分からぬ程病弱であった白衣の魔女が、1つ前の世界ではどうして生き長らえることができたのか。
それは彼女は別の魔女と取引を交わし、魔女の呪いをかけられることで、生き残ったから。
代償として言葉を失ったけれど、そのことをクロウモリ君は何を勘違いしたのか、魔女に対して義憤を覚えてしまったみたい。
魔女に喧嘩を売ったことで、魔女から更なる呪いを振りまかれ、オルラヤ君は言葉を取り戻すけれど、クロウモリ君が代わりに言葉を失う羽目になる。
恋をしたいと願っていた魔女と、血迷って激しい嫌悪の対象である魔女を好きになってしまった鬼は、これまでにずっとまともな意思疎通ができていなかった。
ヒューゴ君は、そんな2人がこれまで以上に心を交わし合うことができない状況になっていく様を見ていられなくて、呪いをかけた魔女の代わりになろうとしている。
それなら私のやることはただ1つ。
ヒューゴ君と共に私も悪役になる。
悪役になって、2人を生き長らえさせてあげよう。
でも悪役になるには、白衣の魔女を圧倒できるくらいの力がないと駄目だと思う。
弱い悪役なんて見向きもされない。
だから、魔力を上手く操ることができなくなった私には、杖が必要だ。
今まで杖がなくても魔法は十分に使えていたけれど、目で見るだけで魔力を制御する手段しかなくなってしまった今では、私を補助する物が必要だ。
私は金を求めた。
黄金に目が眩んだ人間と同じ位置に立って、周囲に散らばり続けている金粉を欲した。
多分、ただ欲するだけでファフタールは応えてくれると思う。
だって私の魔力が欲しくて、黄金の餌をずっとチラつかせ続けていたのだもの。
私の方から黄金を欲するように動けば、ファフタールにとって極上の餌になる私がここに残ってくれると勘違いしてくれるはず。
そうでもなければ、舞っている金粉がひとりでに集まって、杖の形を成したりはしない。
私の身体より背の高い杖は、勝手に私の目の前までやって来て、手を取るように促してきた。
上から下まで全てが黄金色に輝き、無駄な装飾は何1つない。
それが握っただけで求めていた杖だと分かった。
私を引き留めるために、私が求めた杖そのままを作って用意してくれたみたい。
使用者を補助する魔法の細工が施されているし、形そのものも私好みに作られている。
魔力制御の補助の役割を果たすための黄金の塊が、加工もせずに切り出したままのような状態で、杖の先に取り付けられている。
その塊が杖から零れ落ちないように、杖の柄の先が三叉に分かれて、黄金の塊をガッチリ掴んでいる。
振り回しても大丈夫そう。
ただ、色だけは変えて欲しい。
私はギラギラと輝く黄金を愛でる趣味はない。
それと、ファフタールの魔力を強く感じ取ってしまうことは、多少の不快感を覚える。
そんな杖を早速使ってみることにした。
頭を抱え続けるオルラヤ君に向けて。




