金の氷5
「落ち着くまで逃げよう」
「迎え討とう」
「きれいー遊びたいー!」
多数決は2対1で負けだ。
氷の華の蕾は下から何枚もの花弁が生え、包まれる大きさを変えていく。
それが巨大化すればする程、勝手に花弁が広がっていく。
そして、ある一定に達した時、一気に解放され開花する。
その瞬間に、目に見えるもの全てが白銀に塗り替えられた。
いや、良く見ると金の粉も舞っている。
銀の中に金が混ざり、単なる氷景色にはならない。
チヤとロクシミが氷から身を守る魔法を詠唱してくれなければ、俺たちは今頃仲良く氷の彫像と化していただろう。
「やっぱり魔女は碌なものではないです。殺した方が良い」
「待て待て。彼女は明確に誰かを殺そうとしている訳では――」
目の前が暗くなり、言葉を途中で止め頭上を見ると、氷柱が降り注いで来ている様子が映った。
影ができる程の大きさの氷を氷柱と呼ぶべきかは置いて、気付いた時には身体が反応できる位置にいなかった。
だがクロウモリは反応できた。
彼が動くと風が起きる。それ程、素の動きが速いのだ。
まっすぐに俺たちに向かって来た氷柱が、彼のひと振りの拳で訳のわからん回転をしながら、横へ軌道を急変させた。
その質量によって、氷漬けにされた木々は粉々に砕け散りながら破片を下にばら撒いていった。
「僕たちは何もしていないです。何もしていないのに、殺されそうになるなんて、理不尽じゃありませんか?」
その言葉尻から読み取れた感情は憎しみだった。
クロウモリは軽々と着地してから、魔女に対する侮蔑を堂々と放った。
家族を魔女に殺されたという事実が、彼の魔女への印象を地の底まで引き落としている。
そして、そんな彼の印象を裏付けてしまうかのように、オルラヤは暴走してしまった。
クロウモリとオルラヤの仲を修復させる手立てはもう既に少ないだろうが、これ以上争い合って欲しくはない。
だから、俺は一刻も早くここから離れたい。
意見を言い合う場面ではない。
リリベルを担ぎ上げ、クロウモリにネリネを助けて欲しいと懇願する。
「逃げよう。付いて来てくれ!」
クロウモリには悪いが、彼には俺の後を付いて行くしかない状況に追い込ませてもらった。
彼が返事をする前に俺とリリベルが逃げる。そうすれば彼は、ほとんど逡巡もせずにネリネを運んでくれる。
魔女に家族を殺されたという悲劇が、彼の目の前で再び起こるかもしれないと彼は即座に察知し、それを放っておくことはできなくなる。
例え、今の彼にとって俺たちが大した関係のない存在であったとしても、彼はネリネを置いて行動を起こすことはできない。
彼自身が苦しむ結果になるからだ。
チヤとロクシミは俺たち4人を援護してくれた。
安心してオルラヤから背中を向けて逃げることができた。
寒さで身体がかじかんで、上手く森を走ることはできないが、確実に着実に彼女の家から距離を離すことはできた。
せめて建物が見えなくなるまでは走ろうと思っていた。
しかし、すぐに異常事態が発生してしまった。
オルラヤの魔力に気付いたからか、それとも近くに元々住んでいたからなのか。
ひと足先に氷漬けにされた木々の間々から、2本首の蛇が現れた。
1匹や2匹ではない。
大量にいる。
アンフィスバエナたちだ。




