金の氷
「お嬢様、いけません」
「大丈夫です。私は大丈夫」
「大丈夫なことなど何1つありませぬ。かくなる上は……」
ロクシミという召使いは、懐から布切れを取り出すと、突然俺の目に覆って視界を隠した。
よろめく身体で抵抗はできず、頭の後ろに回した布の両端を結ばれ、あえなく目隠しが整ってしまう。
だが、この程度のことならまだ反撃はできない。
攻撃を行わず、わざわざ目隠しをしてきたということは、恐らくこの行動に意味はあるのだろう。
2人の会話から察するに、俺がオルラヤを見てはいけない何かがあるようだった。
「目隠しをすれば会話を行っても良いのか?」
「足りませぬ。貴方が殿方である以上、全てのことは、余りあっても足りませぬ」
「もしかして、リリベルならオルラヤと普通に話ができるということか?」
「リリベル……リリベルさん? 黄衣の魔女?」
オルラヤが反応を示してくれた。
だがその反応は想像していたものとは異なっていた。俺の顔を見てすぐに反応が返ってくるものだと思っていたが、俺のことには一切触れず、リリベルという名にだけ反応した。
俺のことを覚えていない、もしくは知らない状態にあると悟った。
置かれている状況はクロウモリと似ていた。
「そうだ。今、リリベルもここに来ている。俺はリリベルの部下だ」
「むーん、状況が読めそうで読めそうにありませんねぇ」
「とにかく、リリベルともう1人子どもがいただろう。彼女たちに会わせて欲しい」
「えーっと貴方は……」
「俺はヒューゴだ」
「ロクシミ、まずはヒューゴさんを黄衣の魔女に案内してあげてください」
「仰せのままに」
オルラヤはとにかく今日は夜が遅いから、明日に話を聞くと言った。
俺が知る白衣の魔女は、約束を違えるような魔女ではない。いつでも誰に対しても、献身的に言葉を聞いてくれた。
だから、これ以上駄々をこねられなかった。
食い下がればロクシミが怒り、目隠しでは済まない事態になりそうであった。
このふらつき具合や、ファフタールの黄金があることは疑問に残るが、今はリリベルたちの安全が分かれば良しとするしかないだろう。
俺は目隠しのままロクシミに手を引かれ、部屋に入れられた。
「どうぞ、目隠しをお取りになってください」
言われるがままに布切れを外すと、確かにリリベルとネリネがそこで寝ていた。
クロウモリと同じように、ぐっすりと眠っていた。
「明日をお待ちくださいますよう。お嬢様は必ずや約束をお守りいたします」
金の盾を奪われ、彼女は部屋の戸を閉めた。
立つための拠り所を失った俺は、ゆっくりと膝から崩れ落ちてしまい、これ以上できることがなくなってしまった。
ただ2人の安らかな寝顔を目にしながら、いつの間にか俺も眠りに落ちてしまった。
誰かが頭の上で喋っている。
眠りに就いたあやふやな意識のおかげか声は断片的にしか聞こえてこない。
声は今日会った者たちのものではなかったが、それでも聞き覚えがあった。
「……帳尻合わせ……」
「……魔物たちを統べる王……」
喉に小骨が刺さり続けたままのように、思い出せそうで思い出せない。
「……お前はできるはずだ……」
その言葉を最後に、夢を見た。
残念ながら夢の内容を反芻して思い出すことはできなかった。
ただひたすらに夢が怒涛のごとく頭の中で巡り、夢らしく支離滅裂で無茶苦茶だった。
目を覚ましてから思い出せたことは、夢は悪夢であったことと、色合いが赤だらけであったことだ。
余りに苦しくて、飛び起きるように身体を目覚めさせると、リリベルとぶつかってしまった。
「す、すまん!」
「余程の悪夢だったみたいだね」
リリベルは額をこするような仕草で、頭突きの痛みを和らげようとしていたので、俺も彼女の額を優しくさすってみた。
外はすっかり明るく、部屋の大きな窓から木漏れ日が風で揺らめいていることが分かった。
「何だったかは思い出せないが、とにかく悪夢を見たことは確かだ」
「微睡む者にでも意地悪されたのかい」
微睡む者はとっくに死んでいるはずだと返すと、リリベルは肩をすくめて笑った。
冗談に真面目な返事を返したことが分かり、少し恥ずかしくなってしまう。
恥ずかしさを紛らわすために、話題を逸らしてオルラヤについて尋ねてみた。
「オルラヤは今どこにいる?」
「さあね。初めに案内してくれたチヤというお婆さんが、朝食の知らせを教えてくれた他に、誰も来ていないからね」
ネリネがこの部屋にいないことに気付いたが、チヤの知らせを聞いたなら、彼女がどこにいるのかは大体の予想がつく。
念のためリリベルに聞いてみたら、案の定彼女は朝食を食べに別の部屋に移動したと言った。
迷惑をかけていなければ良いが。
「リリベルは俺を起こしに来てくれたのだな。ありがとう。俺たちも朝食を食べよう」
彼女の額の痛みが落ち着くのを待ってから、その後に彼女がチヤに教えてもらった朝食の部屋まで行くことにした。




