金の盾7
油断していた。
オルラヤが逃げ去った建物だから、自然と安全な場所だと思い込んでしまった。
恐らく、リリベルとネリネとクロウモリもそれぞれで分断されているだろう。
その方が俺たちを仕留めるのに効率的だ。
俺がファフタールならそうする。
ともなればこの止まぬ立ち眩みも、外的な要因が働いているとしか思えない。
この建物を歩き回るには、杖の代わりになる物が必要だった。
丁度杖になりそうなものが目の前にあったので、拝借する。
盾ならいざという時、防御にも使える。
具現化して生み出す盾と違って、黄金としての重みがしっかりと盾にはあった。
これを持ち運んだ奴は相当な怪力の持ち主だ。
廊下を歩き、1つ目の戸を見つけて開き、部屋の中を確認する。
「クロウモリ、クロウモリ」
部屋の造りは先程いた部屋とほぼ同じだ。
机の代わりに、布団が敷かれていて、クロウモリがぐっすりと休んでいた。
呼びかけても起きなかったので、近付いて彼の身体を揺らしてみた。
しかし、起きない。
深い眠りに就いたかのように、彼は呼びかけに応えることは一切なかった。
代わりに反応したのは後ろからだった。
「いけませぬ。そのお方は大層疲れていらっしゃいます」
「誰だ?」
「召使いです。貴方も体調が優れてはおらぬとお見受けします。部屋に戻って静養なさってください」
老婆よりも少しは若そうな女が、俺を心配そうに見て、介抱しようと手を差し伸べてきた。
その手を取ることはなく、盾で必死に床を掻き距離を置く。
「リリベルやネリネはどこだ?」
「他のお連れの方も隣の客間で既に休まれております故、ご心配なされることはありませぬ」
「ここの主は誰だ。オルラヤか?」
「……なぜ貴方がお嬢様の名を知るのか、推し測ることはできませぬが、兎にも角にもお答えはできませぬ」
「オルラヤなのだな。それなら彼女に会わせてくれ。なぜ、俺たちをこのような目に遭わせるのか、聞きたい」
「申し訳ありませぬが、お嬢様にお会いになることはできませぬ。貴方が殿方であるなら尚更のこと」
埒が明かない。
会わせるつもりがないなら、自分で会いに行くまでだ。
盾を頼りに足を踏ん張り、女の横を通り過ぎて、更に廊下の奥を目指す。
「どうかお戻りになってくださいまし」
女は俺の身体に触れようとはせず、後ろ横から声をかけ続けた。
オルラヤに会わせたくないのなら、攻撃の1つでも繰り出してくるのかと思ったが、その様子はない。
攻撃されるまでは歩き続けてやる。
「御用があれば、わたくしめが貴方の言伝を頂戴いたします故、何卒お嬢様にお会いにならぬようお願い申し上げます」
「引っかかる言い方だな。なぜ、直接会ってはいけないのだ」
後ろを振り返らずに、あくまで前を向いて女との会話を続けた。
更に奥へ進むと、また戸が見えた。
戸を引くと、女の言う通りリリベルとネリネが1つの布団でぐっすりと眠る姿が映った。
ひとまずは安心できたが、まだ油断をしてはならない。
オルラヤの意図がまだ掴めない。
俺たちは彼女に誘い出されたのか。
ポートラスの町人たちと同じように操られているのか。
建物の主に聞くべきことが手っ取り早い。そのためにも彼女に会う必要があった。
「お嬢様のご事情を、わたくしめから伝えることはできませぬ」
「俺とリリベルは彼女の知り合いなんだ。知り合いだからこそ、こんなことをする事情を話してくれても良いだろう?」
恐らく平行線のままになりそうな会話だった。
女は、頑として言うことを聞かない俺に対して、狼狽が酷くなり始めた。
一体オルラヤの身に何があったというのか。
その一心で歩を前に出し続けた。
するとまた別の声が、後ろからかかった。
「ロクシミを困らせないでください」
聞き覚えのあるそれは、他でもないオルラヤだった。




