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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第21章 黄金の杖
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金の盾5

 クロウモリはネリネの奇行に動揺して、感情を表す赤角の光をすっかり消してしまった。

 彼の怒りが収まるにはそれなりの時間が必要だと思ったが、彼女のおかげでたった一瞬で彼に言葉が通じそうな状況になった。


 彼がその気になれば、例え身体を地面の中に埋めようとも自力で抜け出せるだろう。

 土の圧力など、彼が持つ馬鹿力に比べたら恐らく屁でもない。


 だから、彼が自分で土から出る前に、土を掘り、彼の肩を掴んで持ち上げて、さも助けたかのような演出をした。

 マッチポンプかもしれないが、俺たちが敵意を持っていないことを示すには、この方法は丁度良かった。




「信じてくれ。彼女は確かに魔女だが、クロウモリが想像するような悪逆非道な奴ではない」


 狂者ではあるが。


「君が私の首を絞めた時、私は一切反撃しなかったことも、無害である証明の1つにならないかな?」


 リリベルが俺の後に続けて言った。

 彼女が反撃を行わなかった意図をここで知る。

 思わず感心の声を上げたら、彼女は自慢げに両手を腰に当てて胸を張った。


「会ったことがないはずなのに、そのやり取りに覚えがあるような気がします……」

「そうだ! クロウモリは覚えていないかもしれないが、俺たちは確かに会ったことがあるんだ!」


 そういうことにしておこう。




 そういうことにしたおかげで、クロウモリは納得せざるを得ない状況になり、落ち着いて話せるようになった。


 今は焚き火を4人で囲んでいる。




 未だリリベルとネリネに対しては警戒を緩めてはいないが、少なくとも俺とはまともに接してくれるようになった。


 彼がこの森で何をしていたのか尋ねると、彼は黒衣(こくえ)の魔女探しだとはっきりと答えた。

 家族を殺されてから彼は黒衣の魔女ただ1人を見つけるためだけに世界中を歩き回っていて、今もその最中だと言う。


 そして、魔女を見つける度に、黒衣の魔女を思い出し怒り、途方もない憎悪を膨らませて、八つ当たりのように拳で魔女を殺して回った。


 この森の中に魔女が住んでいるという噂を旅すがらに聞いて、やって来たとも言った。


「殺した魔女の中に髪も服装も全て真っ白な女はいなかったか?」

「そんなに目立つ魔女なら忘れたりはしません。会ったことはないです」




 正直に言うと安堵した。


 なぜ、オルラヤと過ごした記憶がないかは分からない。

 だが、もし記憶がないまま彼女を殺していたとしたら、2人の仲の良さを知っている俺としては、いたたまれない気持ちになる。

 悲劇は心を苦しくさせる。


「先程から黒衣の魔女を知っていそうな口振りですが、ヒューゴさんたちは居場所を知っているのですか?」


 知っていると言えば、ふた言目には怒りと共に居場所を吐かせる行動に出ると予想して、俺は言葉を濁した。


「居場所は知らない。だが、奴と出会ったことは何度もある。そして、俺は奴のことを心良くは思っていない」


 俺の中ではまだ奴に対する憎悪は収まり切ってはいないのだ。

 世界が破滅しかけた状況で、ただ無我夢中でリリベルとネリネとその他大勢の命を救うために戦った。

 だから、結果として黒衣の魔女を殺すことができなかったことは、最良の結果だとは思っていない。


 とはいえ、奴がリリベルたちに直接危害を与えられるような状況にはなっていないと理解し始めてからは、奴に対する意識の向き方も変わり始めている。


 もし奴が神の座に就いておいて、この世界を無責任に混沌を生ませるような状況にさせたなら、再び俺は奴を神の座から引きずり下ろすつもりだ。


 もっとも、奴の行動理念からして、世界を終わらせるようなことは望まないはずだから、そのような状況にはならないだろう。

 全知であった時のリリベルが、黒衣の魔女の本当の心中を吐かせたのだから、奴は正しく世界を運営するはずだと思っている。


 世界を破滅に導く存在がいるのだとしたら、それはこの世界にいる者かまたは、地獄にいる異形の王たちだろう。




「それなら最後に出会った場所を教えてもらえませんか」

「森を抜けた先にあるポートラスという国で出会ったのが最後だ。だが、最近の話ではないぞ」

「そんな近くに……。でも、ありがとうございます。あの魔女の情報が貰えるのなら、これ程生きる気力が湧くことは他にありません」


 憎しみだけが生きる活力となっていた者を、俺は良く知っている。

 影の中から俺が非業の死を遂げることを常に望み監視し、隙あらば俺の精神を破壊しようと、言葉で責め立てる魔女の弟子がいた。


 彼女が頭の中に浮かんで、余計にクロウモリを放っておけなくなった。


 怒りや憎しみだけで生きることの無常さを、彼に味わって欲しくないのだ。




 一体どのような言葉をかければ、彼の心に光を灯すことができるのか、考えあぐねていた所に、また草を踏み鳴らす音が聞こえて、意識がそちら側へ持っていかれる。


 クロウモリがランタンを掲げて、音がした方向へ光を向けると、月明かりが差し込まない森の中でも、驚く程目立つ白い影が浮かび上がった。


 人型だった。


 俺とクロウモリで更に人影に近付いてみると、それが本当に白だけで構成された出で立ちであることが分かった。


 女性だ。


 髪も白く目も白い。

 見たことも無い余裕のある袖口と、2本の紐が取り付けられた足の大き差に合う板を靴として履いている。


 また見知った顔の者であった。


 彼女こそが白衣(はくえ)の魔女、オルラヤ・アフィスティアだ。


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