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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第21章 黄金の杖
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金の盾

「生まれるー生まれるー!」


 ネリネがお腹をさすりながら、ひいふうと声を出して無邪気に茶化しているが、それどころではない。


 亀裂と共に無数の悲鳴が上がった。

 多くの者が悲痛の叫びを上げているような声が重なって聞こえるが、それはどれも同じ1箇所から鳴っている。

 言わば産声か。


 亀裂が一気に縦に入ると、卵から顔を覗かせた。

 蛇のようにも見えるが、顔には無数のトゲが生えており、龍のようにも見える。


 産まれたての生き物は何だって可愛い。

 大人の時は凶暴な見た目でも、赤子の時ははどこかしらあどけなさが見える。そう想像していたが、これは可愛らしさの欠片もない。


 縦一筋の鋭い目つき。

 不揃いの剣のような歯。

 オークでさえ丸呑みにできる巨大な頭。


 生まれたばかりだというのに、明らかに物が見えているかのように、じっと俺たちを睨んでいる。

 いや、僅かに視線がずれている。

 蛇が見ているのはネリネだろう。


 初めて見るであろう巨大な生物に、ネリネは興奮しっぱなしだ。

 俺は彼女を無理矢理腕の中に囲って、近付けさせないようにするが、アレが一気に動き出せば誤差の範囲内で終わる。




 次に卵から割って出てきたのは、腕だった。


 顔の表皮の色は色味のない鼠色だというのに、腕は鱗がなく、肌色に近い。妙に生々しい。人間の腕のようだ。

 腕は卵の中に入っていたにしては、異常に長い。


 腕が黄金の大地に落ちると、足元に揺れを感じた。




 もう限界だった。

 これ以上、目の前で異形の生物を観察する気にはなれない。


 幸いにも身体を掴んでいたドワーフたちは、蛇の姿に見とれているのか、力が抜けていた。


 思い切り身体を振り払って、彼等の拘束を解き、ネリネを抱え上げる。

 そして、リリベルのもとへ行き、彼女の手を引いて、卵から離れるべく全速力で逃げた。




 恐らく俺たちが逃げたことに反応したのだろう。

 蛇が悲鳴を上げた。




 走りながら振り返ると、蛇が大口を開けて、卵の殻を一気に突き破って俺たちに迫ってくるのが見えた。


 間に合うかどうかを考える暇もなく、リリベルを思い切り横に押してから、ネリネを彼女と同じ方へ投げ捨てる。


 噛み合わせの悪い音が鳴り響いた時には、ネリネを投げ捨てるために宙を彷徨った腕がどこかへ消えていた。

 蛇の口の中だろう。


 腕が飛んだだけではない。

 無数のトゲは俺の身体を削りに削った。身体中のあちこちが蛇に持っていかれた。

 やがて、1本のトゲに身体が引っ掛かり、ファフタールに連れて行かれる。




「リリベル、これはファフタールか!?」

「そうだね」


 逃げ切るのは無理だ。


 リリベルとネリネに危害が及ぶ前に、ファフタールを倒すしかない。


 まずはファフタールに俺を意識してもらうために、とにかく具現化をしてみた。

 刺せれば良い。切れれば良い。

 とにかくファフタールを傷付けられるなら、どんなに具現化に失敗しても良い。


 死ぬ前に歪な剣を生み出して、片方の無事な右手で持つ。

 足もなく、踏ん張ることもできずに、子どものように出鱈目に剣を表皮に突き立てる。


「……っかてぇ!!」


 生まれたばかりで皮は柔らかいとばかり想像していたのだが、いくらなんでも硬すぎる。

 目を凝らせば小さな傷ぐらいはついているかもしれないが、奴にとっては虫に刺された程度で、痛くも痒くもないだろう。


 最初の攻撃は失敗し、瞬きと共に、黄金の大地の上で元の身体に巻き戻る。


「刃が通らない!!」

()()が剣と呼べるかは疑問が残るけれど、それならいつものように力を与えよう」


 誰に向けたものか、リリベルは格好良さを意識させるような不要な身振り手振りを行ってから、俺に筋力強化の魔法を詠唱してくれた。


 少しは刃が通ってくれたら良い。


 足腰で踏ん張ってから、思い切り黄金を蹴り、ファフタールの長い首の横に目掛けて、剣先を全力で表皮に突き刺す。


 良かった。

 さすがに刃が通った。


 ファフタールの重なる悲鳴と、痛みを避けるための激しい首振りが始まり、奴にダメージを負わせられたことが分かった。


 突き刺さった剣にしがみつこうとしてみたが、その首の質量が余りにも大きいせいか、1度の首振りで身体が耐え切れずに千切れてしまう。

 突き刺さった剣に両腕は残ったままなのが一瞬見えた。


 後は宙に浮いて身体が空に飛び上がる。

 ファフタールの首全体が視界に映った。


 壮観だった。

 黄金の大地に蛇がそびえる。

 周囲にはたくさんのオークたちがいるが、誰も彼もがファフタールを前にして逃げる様子を見せていない。

 むしろファフタールをその目で見ることができたことに喜んでいるようで、手を上げて喜ぶ者もかすかに見える。


 ファフタールの姿は踏み鳴らす者(ストンプマン)を初めて見た時に近い絶望感を感じた。


 これのどこがアンフィスバエナなのか。俺が知るアンフィスバエナはこんなに巨大ではない。

 全く別物の巨大な魔物じゃないか。


「ヒューゴ君!」


 黄金の平野の下で、色のせいで同化して姿を視認し辛いリリベルが卵の殻の方を指差した。


 身体は落下を始めているが、まだまだ高い位置にいるから、良く見えた。


 卵の殻からもう1つの顔が覗いている。


 アレはしっかりと俺の姿を視認していることが、はっきりと分かる。

 この空中にいるのは俺だけだからだ。




 空中に足場を具現化して、ファフタールの2本目の攻撃に備える。

 空中でも筋力強化された魔法を受けた身体なら、落下しかけている足場だとしても上に跳ねることができる。


 2本目の首が一気に殻を突き破り、突進して来る瞬間が目に写った瞬間に、思い切り足場を蹴り上げて、更に空へ向かって飛ぶ。


 ファフタールは空中で首を伸ばし切り、ピタリと止まった。


 その2本目の蛇の首を真下に捉えてから、今度は逆向きに身体を翻す。

 そして、もう1度足場を具現化して、今度は地上に向かって跳ね跳ぶ。


 勿論、目標は地上に落ちることではない。

 ファフタールの首に攻撃を与えることが目的だ。


 この身に鎧を纏う姿を想像して具現化を行う。

 本来なら身を守るための防具だが、この速度なら自らを武器にすることができる。


 身体は相変わらず限界を超えた動きについていくことはできていないが、それでもファフタールの首を貫くことはできた。


 これは恐らく首の肉を貫通した感触だ。

 一瞬だけ暗闇になって、再び明るみに出て、目の前に広がる黄金の大地に頭から衝突して、俺は即死した。


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