金の卵3
ドワーフの採掘技術が優れていることが実感できたのは、金鉱の歩きやすさにあった。
綺麗な四角に切り出された黄金たちがあちこちで並べられていて、金の大地は平面に保たれている。
金そのものの美しさより、切り出された金の形や金の大地の方に美しさを感じる。
太陽に反射した黄金はかなり眩しく、目蓋をいつも通りに開けておくことは難しかった。
ネリネはその眩しさが楽しいのか、楽しそうに黄金を蹴って遊んでいる。
リリベルはあまり気にしている様子は見られない。
ここでなら彼女の目立つ黄色のマントも、ありきたりな色に見える。
もっとも、マントは先の戦いで色がくすみ、ボロボロなため、今は黄金に負けている気がする。
落ち着く場所に辿り着けたなら、早くしっかりと修繕しないとならない。
「ここの金は柔らかく掘り起こしやすいので、力のない人たちでも採掘を楽しめますよ」
案内人が言う間に、何人ものドワーフが集まって来て、俺たちにスコップを手渡してきた。
何本もいらない。1本で良い。
「いやいや、そもそもスコップで掘れる訳が……」
スコップの刃を金に突き立てて、体重を乗せて押し込むと、砂でも掘っているのかと勘違いするぐらいに刃が金に沈んでいった。
足の踏み心地の硬さと掘る感覚が全く合わず、気色悪い感覚である。
その癖重みはしっかりとある。
「運搬は我々に任せなされ」
「掘りたい分量だけ掘ると良い」
「いや、体験がしたいだけで金そのものが欲しい訳ではないのだが……」
「おお? ……はっはっはっ! 面白い人間だのう!」
冗談を言ったつもりは全くないのだが、ドワーフは俺の言葉に愉快そうに肩を揺らした。
スコップはネリネにも渡されていて、彼女は片っ端から金を切り出していた。
血の気が引いた。
まさか、彼女が掘った金全部を持っていけとか言ってこないよな?
採掘体験もそこそこにして、今度は案内人とドワーフたちが、面白いものがあると言って、俺たちを金鉱平原の奥へ誘おうとしてきた。
あくまで平和的に物事を進めたかったので、断ったりはせず、彼等の案内に素直に付いて行くことにした。
恐らくここでしか見られないであろう珍しい景色も、見続けて慣れてしまえば興味はなくなる。
リリベルもネリネも、初めて金鉱に足を踏み入れた時の興奮は既に冷めていて、澄ました顔つきで歩いている。
「アレです」
案内人たちが指差した先にあったのは、卵の形をした黄金だった。
巨大だ。
人間が縦に4、5人程並ぶ程で、見上げなければならない程の大きさはある。
「なんですかアレは」
「卵です」
「ええと、なぜ卵の形をした黄金を作ったのですか?」
「いえ、アレは黄金色の卵です。黄金ではありません」
一瞬戸惑ったが、気を取り直して確認のためにもう1度聞き返した。
「卵ということは、中に生き物がいると?」
「その通りです」
ふざけている訳ではなく、彼等は本気で言っているようだった。
あんな巨大な卵に入っている生き物とは何か、少し興味があった。
「なぜ、こんな所に卵があるんだ? いや、そもそもアレは危険な生き物ではないのか?」
「危険なんてことはないぞ。卵の中は素晴らしい者でな」
「素晴らしい者?」
「守り神のようなものだな。アレがいてくれるからこそ、我々は安全に金を採掘できるでな」
まるで、卵の中身を知っているかのような口振りだ。
ネリネがもっと近くで見たいと俺の手を引っ張るので、彼女の手を離さないようにしっかり握って行かせないようにする。
「近くでご覧になってください」
「いや、結構です」
「害はありはせん。ほれ、もっと近付いて見てみると良い。気分が良くなるぞ」
ドワーフや案内人が強く背中を押し始め、俺たちを卵に接近させようとしてくる。
卵に全く興味はなかったし、近付きたいとも思わなかったから、彼等とは反対方向へ力をかけて拒否の意志を示す。
「いや、俺たちはこの距離から見るだけでも満足だから! もう大丈夫だ!」
「はっはっはっ! 安心しろ! 度胸は必要ない! 何なら触っても良いぞ!」
彼等の提案が段々直接的なものになってくる。
彼等の真意は、俺たちに卵を触らせることにあるのではないか。
そうでもなければ、わざわざ卵に近付けるはずがない。
しかし、屈強なドワーフたちに力負けしている上、平面の黄金で足をかける場もなく、ネリネも引っ張るため、徐々に卵に近付けられてしまっている。
リリベルは案内人たちに両脇を抱えられるように押されていて、観念して彼等に身を任せてしまっている。
そして、ずるずると前進して先を行くネリネが遂に卵に手を触れてしまった。
黄金に亀裂が入った。




