金の卵2
夜になった。
宿の主人クルシュが提供してくれた食事を食べ、マッサージ椅子を堪能して、努めて宿の優しさを堪能した、振りをした。
1つ気になった出来事は、町人たちが金でできた家宝を持ち寄って来たことだ。
いらないと言っているのに、彼等は無理矢理押し付けてきて、おかげで部屋は黄金だらけだ。
ここは俺たちの部屋ではない。出ていく時にどうやって持ち運べというのか。
夜も静まり、ネリネがぐっすりと眠りこけたぐらいの頃合いだった。
窓をそっと開け、外の様子を窺い、町人たちがいないかを確認する。
いない。
「今が絶好の機会じゃないか」
「残念だけれど、機会は失われたと思う」
リリベルはベッドに座り、足をふらふらと振っていた。
「機会が失われた? なぜ?」
「多くの魔力が私たちの周囲に集まってきている。敵意剥き出しの魔力だよ」
「まさか敵がいるのか!?」
もう1度外の様子を見てみるが、特に人影は見当たらない。
「うーん、どちらかというとこの黄金たちから感じるかな」
「黄金……?」
リリベルは小さな黄金の飾りを両足で挟んで持ち上げた。
はしたないからやめなさいと足をはたくと、小さいながらも重みを感じる音が床に鳴り響いた。
「鉱石に魔力が宿ることはよくあることだけれど、これは自然に宿ったものではなく、誰かが宿らせたものだね」
「違いが分かるのか」
「私は違いが分かる魔女だからね」
そのキメ顔は余計だが、彼女の言うことに間違いはなさそうだ。
「この黄金は確かに黄金なのだろうけれど、誰かが作った物だね」
「この黄金たちが俺たちの動きを監視している訳か」
「私たちが逃げようとすれば、町の人間たちを寄越して足止めしようとするのではないかな」
「あり得るな……」
逃げるにしても逃げ方を考えなければならないと悟り、自然と肩は落ちた。
ベッドに腰を下ろし、次の手立てを考えようとすると、リリベルが尻で跳ねながら俺の横まで移動して来て、頭を膝の上に乗せてきた。
「気を付けた方が良いよ。人間は黄金の魔力に良く当てられて、身を滅ぼす逸話がいくつもある。ヒューゴ君もやがては金に目が眩むかもしれない」
「色合い的に目が眩みそうなのはリリベルの方だろう」
「ふふん、私はただの黄金には興味がない」
黄衣の魔女を名乗るからには、似たような色である黄金にも興味を持つかと思っていたが、彼女にその気はないらしい。
部屋の灯りである蝋燭の光は、黄金たちを照らしている。
鬱陶しさを感じさせる光に、いよいよ嫌気が差してきて、蝋燭の火を消して俺たちは眠りに就くことにした。
夜を明かして疲れた頭を回復させたからか、朝になって目を覚ますと共に名案が浮かんだ。
町の外にある金の採掘場を見学して、その後にしれっと逃げたら良いのではないか。
さすがに町の外に出てしまえば、町人の親切の嵐に巻き込まれることはないだろう。
「この案ならどうだ?」
櫛で髪を梳かしているリリベルに提案した。
彼女は珍しく髪を後ろで1つに束ねて垂らそうとしていま。普段とは雰囲気の違う装いにしようとする彼女から、俺は目を離すことができなかった。
恐らくこれは、俺が彼女に釘付けにさせるための作戦の1つなのだろう。
「やってみないと分からないよ」
身も蓋もないことを言われてしまい、何とも言えない気持ちのまま町の外へ向かうことになった。
宿屋を出て、俺たちが入ってきた方向とは丁度真反対である北側へ向かう。
初めに出会った町人に此方から声をかけ、金の採掘場を見学したいと言うと、一も二もなく町人は手を貸してくれた。
採掘場への入場許可を取るための手続き場へ案内してもらい、そこで書類の記入や注意事項を聞く。
せっかくだからと採掘体験も勧められたので、乗り気な振りをして採掘に関する書類にも記入を行った。
そして、2人の担当者が俺たちを採掘場まで案内してくれることになる。
町の北側から出て、草原地帯を僅かに歩くと、すぐに黄金の大地が視界に広がり始めた。
地下深くに潜り込み、蒸し暑い薄暗い採掘場に行くのだとばかり思っていたが、予想は裏切られた。
地上に剥き出しの黄金の絨毯の上で、ドワーフたちがせっせと金鉱を掘り返しているのだ。
「この金鉱は常に地面がせり上がっていて、定期的に掘っていないと山になってしまうのです」
「でも、地下から運ぶよりは大分楽だろうね」
ネリネはその眩しくも特異な景色に興奮して、きゃっきゃっと騒ぎ立てて、俺の手を引いて早く金鉱に近付こうと急かした。
「ネリネ、金鉱は逃げないから落ち着いて」
「すごい! 金ぴか! 食べられるの?」
「食べるなよ?」
本当に食べてしまいそうだったので、ここからは彼女の手を離さないようにしないと自身の肝に銘じた。
「ドワーフたちばかりで人間が見当たらないのはなぜかな?」
「領分を分けているのです。大地や山は彼等の領分ですから、私たちは口を出しません」
「森にはゴブリンやエルフが住み着いております。皆で平等に黄金を分け合って平和に生活しております。勿論、町に住むドワーフやエルフもいますから、生き方は自由です」
2人の案内人は、町の周囲のことや種族について事細かに説明してくれた。
同時に、森に逃げてはならないことを知る。
エルフやゴブリンたちに出会えば、町人と同じく熱烈な親切を受けることになり、容易にこの土地から離れることができなくなってしまう。
説明を聞いているうちに、遂に俺たちは金鉱に足を踏み入れた。
普通なら岩石が入り混じって、不要なものを削ぎ落として金だけを抽出するはずなのだろうが、ここは単に金という物質だけが広がっている。
今、ようやくこの地が異常であると知ることができた。




