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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第21章 黄金の杖
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金の卵

「ファフタールという魔物を知っているかい?」


 ネリネの魔法ですぐに酔いが醒めたリリベルは、先程までの酒乱っ振りを帳消しにしようと、キメ顔で語っていた。

 酷く滑稽であったが、先に質問を返すことにした。


「いいや。教えてくれないか」

「平たく言うと突然変異を起こしたアンフィスバエナだね。首は2つだけれど、羽と手足が生えて魔法を扱うようになった者だよ」

「アンフィスバエナ……ロベリアに頼まれて行った遺跡探索の時に襲ってきた奴だな。それから更に強くなった個体が何だって?」


 2つ首で毒液を吐くこと以外は、ただの蛇だったと記憶している。


「ファフタールはね。魔法で黄金を作り、生物を釣ってその魔力を食べる魔物なんだ」

「なるほど。しかし、金を得て喜ぶ生き物なんて限られているだろう」

「相手は主に知性がある生き物だね。人間とかエルフとかゴブリンとか」

「リリベルの言いたいことが分かった。その魔物がこの町と関係している可能性があるかもしれないという話か」

「君が懸念している、この町の他者に対する妙に余裕のある対応は、ファフタールが彼等の心を操っているからかもね」


 黄金の魅力に囚われた者たちの魔力を奪う。

 聞けば物語的で興味深いが、現実にやろうと思うととても回りくどい。


 しかし、リリベルの推測は良く当たる。

 ファフタールという魔物が絶対に関わっていないということを、否定はできない。


「ただのアンフィスバエナと違って、魔力を長く得られるように、誘い出してもすぐに食い殺したりはしないから、温厚といえば温厚かな」

「温厚……か?」

「魔力を奪う相手が多ければ多い程、それぞれにかかる負担は低くなるから、この町の生き物たちもファフタールにとっても良いことずくめだね」

「もし、リリベルの言う通りなら余計な手出しはできないな。彼等の生活は今の状態が最も均衡の取れた状態じゃないか」


 俺たちが余計なことをして状況を悪化させる犯人にはなりたくない。

 せっかく元に戻った世界なのだ。


「それに、魔物が関わっているなら尚更俺たちはここに長居をするべきではないな」


 魔力を求めることを1番の目的に魔物は活動する。

 だからリリベルという大量の魔力を持った魔女が、魔物の領域に足を踏み入れるだけで、魔物たちに刺激を与えることになってしまう。


 もし、ファフタールという魔物がこの町と関わっているのなら、リリベルを何としてもこの町に引き留めようとするだろう。彼女程、最高のご馳走はない。

 そして、彼女が巻き込まれるなら、恐らく事は悪い方へ向かってしまう羽目になる。


「すぐにでもこの町を出よう。魔物が関わっているにしろいないにしろ、この町はあまりに不気味だ」




 ネリネとリリベルを連れ出して俺たちは、足早に町の外へ向かった。


「あら、あなたたち。どちらへ行くのかしら」

「何か困りごとかい? 道に迷ったなら教えてあげるよ」


 道に出た瞬間、町人たちがぞろぞろとやって来て、あっという間に群がりができた。

 彼等の親切心に囲まれる前に、半ば無理矢理彼等を押し退けて、軽い挨拶を交わす。


「道に迷った訳ではないんだ。皆、俺たちのことは気にしないでくれ」


 町人たちはこれまでに、俺たちに無理強いさせるような扱いはして来なかった。

 助けはいらないと正直に言えば、心優しい彼等ならきっと聞き入れてくれる。




 そう思っていた。




 町人の1人が俺の腕を掴んだ。かなり強い力でだ。


「どこに行くつもりかせめて教えてくれませんか? 教えてもらえないと気になって夜も眠れません」


 大袈裟な。


「借りていた宿屋へ戻るだけさ」


 掴まれた腕に更に強い力がかかって痛みが走り始める。


「あの、そんなに強く腕を掴まないでもらえると……」

「あ、ああ! 失礼しました!」


 町人は顔を開けてパッと手を離してくれたが、腕はずきずきと痛みが残っていた。

 痕が残っていそうだ。




 一旦、彼等の群がりから抜けることはできた。

 しかし、宿屋に行くという嘘を吐いて町から出ることは難しくなった。


 町人が騒いで人々が集まったことで、周囲の町人が家から出たり、家の窓から顔を覗かせたりし始めたからだ。


 視線の数はかなり多い。


 そして一様に皆が皆気さくに話しかけてくれる。

 そこに変化はない。

 町に来て初日と変わらない対応の仕方だ。


 だが、同じ対応の仕方ではあっても、今では大分異なった印象を感じた。


 心優しいのではなく、監視されている。そのような気がした。

 優しい彼等の心を疑いたくはないが、どうしても疑いの目を向けずにはいられない。




 1度疑い始めると、彼等のことが気になってしまい、どうしても行動は制限されてしまう。


「宿屋に戻ろう。これだけ人の目に晒されると、行動し辛い」

「夜逃げをするということかい?」

「パパ、ママ、夜逃げって何ー?」

「しっ! 後で教えてあげるから、今は静かにしていなさい」


 ネリネは口からぶるぶると変な音を出して、仕方なさげに俺に応じてくれた。


 慌てて周囲を見回してみるが、彼等が夜逃げの言葉に反応する様子は見受けられなかったのでひと安心する。




 その後俺たちは、あくまでこの町を楽しんでいる一家を装いながら、夜を待った。

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