百聞は一見にしく
面白い乗り物だ。魔力で動く乗り物なのか。
これだけの重さのある物を効率良く動かすためには、魔法や魔力に対する知識が相当に無いとできない。
足場は雨で濡れていて、注意しなければ足を滑らせて列車から落ちるだろう。
ここが最後尾でこれより先に貨物車はない。
「で、お前はなぜここにいるんだ」
「狩り損ねた獲物を追ってきただけだ」
目の前にいるのは、雨に濡れた女。茶髪三つ編みのエルフは明るく青い瞳で私を睨みつける。
奴の足元、列車の屋根は徐々に沈んでいるのが見える。腐っている。
「私の大事な町人を砂にしたことを忘れたか? 私の目の前に現れてタダで済むと思っているのか?」
「いや、思っていない。でなければ貴様以外砂になっていないだろう」
「ハハハッ、今日は雨だ。ああ雨だ。お前はタダでは済まない」
私の血が沸騰しそうだ。
血の流れがはっきりと分かる。私はこの血の流れに乗ったまま、奴を殺してやる。ああ殺してやるとも。
「私の時間に貴様の血一滴たりとも入り込むことはない」
無理矢理縫い付けた首の隙間から、血を外へ出す。
雨があるなら少量の血でそれ以上の量を魔法として使うことができる。
確かに私に勝ち目は無い。
奴の時間の呪いの前には私の血でさえ腐る。
だが、腐り切る前に奴の身体に血を一滴でも流し込みさえすれば、それで私の勝ちだ。
「緋衣の魔女、エリスロース・レマルギア」
「砂衣の魔女、オッカー・アウローラ」
魔女の冠を賭けた戦いの形式ばった合図を出し合うが、正直どうでも良い。
冠などいらない。
『流血』
雨に混ざった血を波のように形作って奴に殴りつける。
しかし、砂衣の魔女は一歩踏み出しただけで後は何も起きなかった。
奴の一歩後ろの足元は屋根が腐り落ちて崩れている。雨がその穴の中に入っていく。
肝心の血と雨の波は奴の砂色のマントを少しも汚すことはない。
奴はむかつく程に笑っている。
「私の時間に雨は降ってこない。私の時間は晴れている」
最後尾の貨物車がガタガタと揺れ始めた。
腐り始めている。