金の蔓5
久し振りの湯浴みは気持ちが良かった。
魂を取り込むためにたくさんの肉を食ったことで、口の中は血生臭くて仕方がなかったからだ。
リリベルとネリネを宿に残して俺は酒場に向かった。
昼時から酒をあおる目的ではなく、情報を得るためである。
宿のすぐそばに活気溢れる酒場があり、迷いなく歩を進めて行った。
酒場の中に1歩足を踏み入れるなり熱烈な歓迎を受ける。
俺が旅の人間であることを知っていた1人が、大声で皆に俺の素性を教えると、皆が我先にと酒を俺に勧めてくる。
無理矢理にカウンターの席に手を引っ張られて座らされる。
カウンターに大量の酒が置かれる。
これを全て飲めば、間違いなく俺は今日1日を無駄にすることになるだろう。
しかし、飲めないとは言えなかった。
彼等は俺が酒を口に運ぶことを期待の眼差しで見つめていたし、久し振りに酒を飲みたいという気持ちもあったからだ。
いや、酒に溺れるつもりは当然ない。
「全部は飲めませんが、少しずついただきます」
1番近くにあったコップを手に取り、少しだけ傾けて酒を飲んで、彼等の厚意に応えた。
酔った。
コップを何杯空けたか分からない。
まだ日は落ちきっていないのに、酒場は馬鹿騒ぎになっていた。
思考は上手くまとまらず、精神は身体の外側にいるかのようだ。
ただ、気分は良かった。
「ヒューゴさんも面白い人だあ。ポートラスなんて国、ここ以外にいくつもある訳がないじゃないですか」
「いやあ、ですから、俺が知っているポートラスという国は、もっと山の奥深くにある、小さな国なんですって」
「ハッハッハッ、本当に面白いなあ」
何かとても重要なことを話している気がするのだが、全く頭に入ってこない。
ただ分かるのは、酒とつまみが美味いということだけだ。
「では、この国の王の名は何というのですか?」
「我らが王の名前はストニア様というのだ」
「ミレド王ではなくて?」
「先王ですな。先王は病にたおれ、今はストニア王が国を守ってくださっています」
ポートラスという国は本来なら黒衣の魔女によって滅ぼされた国の1つだ。
それを俺とリリベルでもう1度国を作り直した。
全てが元に戻っているのなら、ポートラスの国王はミレドのままだと思っていた。
実際、世界を作り変える時に、確かに彼の顔は見えたはずだった。
なのに、彼は既にこの世にいないと皆が口を揃えて言う。
知識の差に開きがあるような不思議な感覚を感じた。
まるで俺の記憶に空白の時間があるような、そのような気分にさせられる。
気付けば俺は宿のベッドにいた。
目覚めた瞬間に、身体のだるさと頭への鈍痛が襲いかかってきて、ベッドから立ち上がる気を失わせた。
両脇に熱を感じてそれぞれを見てみると、リリベルとネリネが此方に寄り添うに静かな寝息を立てて眠っていた。
左腕はリリベルによって枕にされているし、右腕はネリネに抱き枕にされているため、身動きが全くといって言い程とることができない。
悪酔いの目覚めさえなければ、きっと今の状況は幸せな時間になるはずだったのだろうが残念ながら実感は難しい。
少しの間天井を見つめ過ごしていると、先にネリネが目覚めた。
右腕から離れて上体を起こし、小さな欠伸をしてから俺の方を見てくる。
「おはよう」
「おはよう、パパ」
彼女は糸が切れたように俺の方へ思い切り倒れてきた。
胸辺りに思い切り体重がかけられると、昨日食べた何かが出てくるような感覚がこみ上げてくる。
「パパ、臭い」
「すまない。すまないついでで、ちょっと、どいてくれないか?」
「えー」
「中身が出てきそうなんだ」
俺が苦しい状態であることを教えると、彼女はリリベル譲りの悪い笑みを浮かべて、身体を揺らしてきた。
さすが魔女の娘だ。邪悪なことにかけては他に優る。
でもやめてくれ。
「ネリネ、そろそろ本当にヤバ……」
借りているベッドの上で、しかも2人に吐瀉するなんてと思っていても、もう我慢が利きそうになかった。
いよいよ胸焼けと喉の僅かな温かみを覚えて諦めかけたところで、ネリネが俺の喉元に手を置いた。
ただ、手を置いただけだ。
「もう、中身は出ない?」
「え? あれ、なぜすっきりして……」
「えいっ」
頭痛も吐き気も倦怠感も何もかもが消え去っていた。
悪酔いの跡は何もかも失われていた。
ネリネは満足気に俺の胸で遊び始めて、足をばたつかせ始めた。
「ネリネ、何かしたのか?」
「パパが嫌だって思うものを消したの」
「どうやって? 魔法か?」
「消えろーって思いながら触っただけだよ」
ネリネとの会話でリリベルが目覚めたようで、彼女は薄目を開けながら俺の胸元に更に寄って来た。
「何かあったのかい? 酔っ払いの騎士君」
寝起き故のか細い声と彼女の見た目が合わさると、彼女は更に妖艶で魅力的に映る。心臓が高鳴る。
「ネリネが俺に触ったら、酔いが一瞬でなくなったんだ。だから何をしたのかと思って」
「魔法を使ったのでしょう」
「魔法だとしたら、誰にも教えられることなく、しかも詠唱もなしにやってのけたことになるが……」
「私と君の子どもなのだから、それぐらいできないと困るよ」
リリベルは随分と冷静で、ネリネのしたことを当たり前だと言ってのけた。
彼女は俺の首元まで顔を近付けて眠りを再開した。
彼女の静かな寝息は、凄くこそばゆくて、勝手に身体をくねらせてしまう。
その動きがネリネには面白かったようで、彼女は足を更にばたつかせて喜んだ。
次回は5月3日更新予定です。




