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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第21章 黄金の杖
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金の蔓4

 宿に入ってすぐに俺たち3人は、ここの名物である振動する椅子とやらに座らされた。


 革張りの高級感ある椅子だが、背中の感触はゴツゴツして良くはなかった。

 しかし、座ってすぐに椅子全体が細かな振動を始めると、その突起物の意味が分かった。


 振動する突起が、身体中のツボを指圧するようにして身体を癒やしてくれるのだ。

 椅子の下に魔力石があるようで、座ると同時に効果を発動させる。

 その魔力石には石の伸縮を連続で起こす魔法が施されている。石の突起が大きくなったり小さくなったりを素早く繰り返すことで、あたかも振動するかのような動きを起こすようだ。


 はっきり言って気持ち良い。


 リリベルは、湯船に浸かったおっさんのような汚くてドスの利いた声を、震わせながら廊下中に響かせた。

 格好つけたがりのリリベルが、ここまで堕落するのだから、この椅子はとてつもない発明品だと思う。


 ネリネはリリベルの真似をして、同じように唸っていた。

 彼女に真似をしないように注意するが「生き返るー」と言ってまるで聞かなかった。


 お前は生まれたばかりで、疲れるようなことはまだ何もしていないだろう。


「気持ち良いのは分かるが、もう少し慎ましく振る舞ってくれ」

「はっはっはっ。奥様はそれ程旅の疲れが溜まっていたということです。どうぞ、ごゆっくりとマッサージ椅子をご堪能ください」


 宿の主人クルシュがリリベルのことを微笑ましく見ていたが、俺は恥ずかしさで顔が熱かった。


「旅のお方が心満たされることは、私たちにとっても喜ばしいことですから」

「そのことなのですが、いくらなんでも優し過ぎではありませんか?」


 俺の質問に合点がいかないのかクルシュは、はてと言った顔で呆けていた。


「俺たちが訳あって金がないことを知ったら、皆が食事や衣服を無料でくれたんだ。それどころか金までこんなに……。いくら他人の喜ぶ顔を見たいからって、ここまでするのか?」

「勿論です! 私たちは皆、助け合って生きていられるのです。困っている方を見過ごすことなどできませんよ」

「自分たちの生活が苦しくなったりはしないのか? 普通ならこんな生活を続けていたら、自分たちの生活がままならなくなるのでは?」

「そのようなことはありませんが、仮に生活に困窮するようなことがあれば、皆が助けてくれますから、気にすることはありませんねえ」


 困っている人を見過ごせないという価値観は素晴らしい。

 俺も見習いたい。

 だが、心の中では高潔な人間として生きようと考えていても、実現はできなかった。

 現実は、困っている者全てを救える程上手くいくことはない。

 俺はできることに限りがあることを嫌という程思い知らされてきた。


 だが、この町の者は我が身を削ってでも他を救い、そして自らも救われる。


 はっきり言ってあり得ない。


 そんな素晴らしい世界など存在する訳がない。

 絶対に何か裏がある。そう思った。




「いつからこのような風習になったんだ?」

「さあ。それは分かりませんねえ。幼い頃から親に言われて育ってきましたから」

「町の法で定められているとかも?」

「まさか。そのようなことはありません。あくまで私たちは自らの意志で、皆のために動いていますよ」




 クルシュは俺たちに食事の好みを聞き、食材を買い出しに出かけた。

 驚いたことにそれぞれの好みに合わせて食事を作るようだった。王族扱いでもされているのかと勘違いしてしまう。




 リリベルとネリネの気が済んだ後、借りた部屋に入って俺たちは身なりを整えるために湯浴みをした。


 特に俺とリリベルは、少し前に激しい戦いを行ったばかりで血生臭い。

 いつまで経っても戦いの匂いが付着したままでは、俺が落ち着かない。


 部屋の隅にある木のタライと湯が出る魔力石を使って、久し振りの湯浴みを楽しもうとした。


「部屋の作りの割には、随分と目立つ物が置いてあるね」


 リリベルが興味を示したものは、特別な装飾が施されている訳ではない普通の木製の棚の上に置いてあった、金色の(つる)だった。

 リリベルの瞳には勝てないが、張り合えるぐらいには綺麗な金色をした糸状の物が無造作に置かれていた。

 詳しくなくとも、それが凄まじく価値のある物であることは、すぐに分かった。


 しかし、目立つ。


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