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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第21章 黄金の杖
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金の蔓3

 1人の子どもが到底食べ切れる量ではない食事を、ネリネは食べ尽くしてしまった。

 彼女は腹を目一杯膨らませて食欲を満たすと、今度は移動の疲れを声高に上げ始める。


 すると、彼女の要望を聞き届けた町人たちが、襲撃と見間違えるかのような勢いで、ネリネの保護者である俺とリリベルに迫って来た。


「うちの宿に泊まっていきなさい! 宿泊代? そんなものとらないから!」

「うちにはとても広い風呂があるんだ! 旅の疲れなんかすぐに吹っ飛ぶさ!」

「宿はやってないが、家丸々貸すから是非使ってくれ!」


 目が血走っている訳ではないが、血走っているように見えて仕方がない。

 魂を求めて彷徨う亡者のように集まって来た彼等は、俺とリリベルの手を彼等が向かわせたい方向へ引っ張って行く。そのうち手が千切れるのではないかと思わせるような四方への引っ張り具合に、恐怖で手首は見ていられなかった。


 あのリリベルが町人の圧に負けて、目を点にして固まるぐらいなのだ。

 それ程町人たちの世話焼きへの執着は凄まじい。


 混沌とした状況を解決してくれたのは、ネリネだった。


「あそこが良い!」


 指差した建物に皆が目を向けた後、保護者である俺たちの意向がネリネと同じなのかを確認するために、一斉に皆の視線が俺とリリベルに突き刺さして来る。


 返答をするまでに僅かな沈黙があったが、滅茶苦茶怖かった。


 その間の恐怖もあってか、すぐに話を切り上げたくて、ネリネが指差した建物に俺も賛同した。

 すると皆は、指差した建物の良い点を口々に述べ始めた。


「クルシュさんところの宿を選ぶとはお目が高い!」

「あそこは珍しいマッサージする椅子があるんだ!」

「陽当りも良くて朝は気分が良くなるぜ!」


 意外であった。

 彼等が勧めた場所ではない宿を選ぼうとすれば、その宿を貶めるようなことを言うと思っていた。

 だが、彼等は俺たちの選択をあくまで尊重してくれている。それすらも何か裏があるのではないかと疑ったが、彼等の世話焼きの熱量が少しばかり引いてくれたので、ネリネの要望にそのまま応えることにした。




「ネリネというのは花の名前かな?」

「良く分かったな」


 リリベルが娘の名前に初めて興味を持ってくれて嬉しい。

 少し早口で彼女に由来を伝える。


 ネリネは細長い花びらを持った花で、1本の茎にいくつもの花を咲かせて綺麗な花なのだ。

 その中でも印象的なところは、別名にある。


 何年も前にある人物に教えられた話で、その時は頭の片隅に置く程度の情報だった。

 リリベルと出会って、彼女を愛するようになってから、その思い出は強く思い起こされるようになった。


 ネリネという花は、雷が降る日には色濃く咲き誇るらしい。

 また、普段はそれぞれの調子で咲こうとするマイペースな花だが、雷が降れば皆息を合わせるように同時に咲こうとする。

 だから雷の日には、絢爛(けんらん)に咲き誇るネリネの花たちを見ることができて、とても美しいそうだ。


 その(いわ)れから、別名として『雷花(らいか)』と呼ばれるのだそうだ。


 俺は、雷の魔法を愛する魔女の子に相応しい名前だと思った。

 そうリリベルに伝えた。


「ずるい」

「あれ。思っていた感想と違うな……」

「私がネリネになる。この子は今日からリリベルだよ」

「パパとママは喧嘩してるの?」

「え、あ、いや違うぞ」


 まさか俺から名前をつけてもらったことに対して、嫉妬するとは思わなかった。

 リリベルにとって、物事は俺かそれ以外でしか区別されていないのだと分かった。


 育児放棄の()が本格的に表れ始めて冷や汗が出始める。

 これは、家族会議の必要ありだな。


 今のうちに彼女に母性に目覚めてもらわないと。


 さすがに、嫉妬に狂って血の繋がった実の娘を(あや)めたりはしないだろうと考えていたが、いよいよ本当にそうしてしまいそうで心配だ。


 そして、ネリネは「私がリリベルでも良いよ?」とか言い出す始末である。

 花の通りにマイペースで、これに関しては名前をつけた甲斐があったというものである。


「喧嘩はしていないさ。ママは俺のことを愛していて、わざと意地悪をしているだけなんだ」

「冗句ではないよ。これは喧嘩だよ」


 空気を読まないリリベルだが、もっと空気を読まない者が話をややこしくし始める。

 ネリネは「ふーん」と興味のなさそうな返事をした後、すぐにニヤついた表情になって、俺の服の袖口を引っ張り、続けて言葉を放った。 


「じゃあ、パパは私とママ、とっちが1()()好き?」


 明らかにわざとだ。

 彼女はわざと俺を困らせようと火種になるようなことを言ってのけたのだ。


 益々リリベルそっくりである。




 この会話を早く切り上げたくて、俺は足早にネリネが指差していた宿に向かうことにした。



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