黄衣の魔女6
兎にも角にも戦いはひと段落した。
後はどうやってこの世界を丸く収めるかの話になるが、それは2つ分の世界の魔力がある今大した問題にならない。
提案をしたのは俺ではなくリリベルだ。
「これはヒューゴ君がいたからと思い付くことができた。手っ取り早く世界を元に戻す方法だよ」
「面白い力だ」
黒衣の魔女が面白がったのは、俺の具現化の力だった。
「この世界に宿る全ての知識を用いて、世界を具現化しなおす」
「世界2つ程の魔力があればそれも容易か」
「でも、この世界の魔力は結局1つにできていないから、今この場では、誰もきちんとした神様の力を行使することはできない」
リリベルの手を取り力を込めて、身体を起こす。
そして、そのまま額と兜を合わせると彼女がはにかむ。
「2人で、一緒に。ね?」
言い方がいやらしく聞こえるが、それは俺の心が汚れているからだろう。
どういう絡繰かは分からないが、リリベルが俺に知識を流し込んできた。
魂たちを取り込んだ時と近い感覚で、頭の中に1つの世界が浮かび上がった。
たかが人間の頭程度の大きさしかない中で広がってきた想像は、暴力的な情報を与えてくる。
あるべき世界の島の数、海の大きさ、生物の種類、住処、植物の生え方、砂漠のひと粒ひと粒の位置。
死んだはずの誰かの顔もちらほらと映し出されていた。俺が考えていた望むべき世界だ。
ありとあらゆるものの知識を無理矢理彼女に流し込まれて、勝手に想像をさせられる。
混乱もしたし驚きもしたが、苦しかったり狂ってしまいそうになったりはしなかった。
清々しい気持ちであった。
「この世界が100だとするなら、多分100に戻すことはできない。ヒューゴ君だけだったら60が良いところかな」
恐らく10か20くらいはリリベルの色眼鏡で盛られている。
「私とヒューゴ君なら、99くらいには戻せるはずだよ」
「全知で100にすることは無理なのか?」
「無理だよ。だから、最後に決断するのはやっぱりヒューゴ君だ」
世界を完全に元に戻すことはできない。彼女はそう告げた。
もしかしたら99に当てはまらなかった1の誰かが割を食う。犠牲になる。
それは、植物かもしれない。海かもしれない。俺が知る誰かかもしれない。
犠牲になった者を後になって認識できる手立ては、果たしてあるのか。
「世界を作り直した後で、私とヒューゴ君はお駄賃代わりの魔力を貰い、それ以外の全てを黒衣の魔女に渡す。それで良い?」
「神の座に戻れるのなら異論はない」
黒衣の魔女の本来の目的が果たされ、世界が終わる必要がなくなり、俺たちも元に戻ることができる。
これ以上の結末はないだろう。
深く呼吸をしてから俺は決断する。
俺は善い人間ではない。
世界が元に戻り、黒衣の魔女によって引き起こされた戦いがなくなろうとも、相変わらず命の奪い合いは起こり続けることは目に見えて分かっていた。
リリベルや他の誰かを守るために、俺も再び他者の命を奪うことを続けるだろう。
今終わらせたままにしておけば、非業の死を遂げずに済んだ者も絶対にいるはずだ。
結局、最後に優先されるのは己の欲なのだ。
俺はあの世界でリリベルと共に生きたい。
俺は人生で最大の分かりきった後悔の決心をしよう。
俺は、1という犠牲を覚悟でリリベルの提案に乗ることにした。
「ラルルカ。元に戻す世界の中に夜衣の魔女もいる。お前が苦しむことは暫くはないはずだ」
『……またアンタたちが殺すんでしょ』
「俺もリリベルも歯向かうことができないぐらい、お前が強くなって夜衣の魔女を守れ」
頭の中にいる最後の魂は、夜衣の魔女の話を出したおかげで久し振りに口を開いてくれた。
ラルルカの目に光が灯ったことは、すぐに分かった。
彼女がこのまま頭の中に残り続けるようなことがなくて、ホッとひと安心だ。
鎧と剣とラルルカを魔力にして、その他全ての魔力と合わせた。
「これは記憶を共有する魔法だよ」
生身になった俺とリリベルは、もう1度額を合わせ直して、彼女と世界についての想像を共有する。
「そして、これは不完全になってしまった君の力を私の頭で補う魔法だよ」
そうして、全てを知るリリベルと不完全ではあるがありとあらゆるものを具現化する俺とで、あったはずの世界を作り直した。
彼女の緻密な魔力制御も相まって、中途半端な具現化になることはなかった。
両手の魔力管が使えなくても、彼女の魔力を操る力が衰えていないことは、さすがだと思わざるを得ない。
今までに経験したことのない膨大な魔力を消費して、想像通りの世界が出来上がったと思った次の瞬間には、俺とリリベルと赤ん坊は草花生い茂る草原に寝転がっていた。




