黄衣の魔女3
例え、リリベルの掌を剣で刺した後に、素晴らしい結末が待ち受けていると分かったとしても、刺すことはできない。
それだけは絶対にできない。
「リリベルは俺の主人であり、俺が最も信頼できる魔女であり、俺が最も愛する女性だ!」
だから刺すことはできない。
俺はしっかりと言葉で心中を彼女に伝えた。
だから、次は彼女の心中を尋ねた。
言葉で分かりやすく伝えて欲しいと願った。
それでも彼女は言葉で伝えてくれることはなかった。もどかしさが残り続けた。
ただ、代わりに表情が変わった。
爆発の最中に起きる風圧で、彼女の髪が表情をほとんど隠し続けていたため、一瞬しか確認できなかった。一瞬でも十分なくらい、印象的な表情だった。
間違いでなければ、彼女の冷たい眼差しは消えていた。
もの悲しげで、懇願するようで、今にも泣き出しそうな表情だった。
目に焼き付いて頭から離れない。
頭の中のリリベルの懇願と、目の前のリリベルの表情が一致しているような気がした。
彼女を刺すことにどれ程重要な意味があるのかは分からない。恐らく彼女自身だけにしか分からない。
「信じるぞ」
『大いに信じて構わないよ』
ゆっくりと剣を彼女の掌に突き出す。
彼女の掌に当たると、彼女はひと言放った。
「ありがとう」
ぶつりという音が剣を伝って響いてきた。
彼女は自ら力を込めて掌を剣に押し付けた。相当な力を込めなければ、剣が掌を貫通させることはないから、彼女は随分と思い切った行動をしたものだ。
前面の爆発が収まり、彼女の表情がより鮮明に映る。
自傷した癖に随分と晴れやかな顔色だった。言葉で教えてくれるまで理解はできなかった。
彼女の頬に涙が伝うと同時に、頭上の光輪が軽快な音を立てて割れ落ち始めた。
魔力を奪い続けて、彼女に半神を保つための力が残されていないことを察知する。
「リリベル?」
何を思ったのか、突然彼女は貫かれた掌を思い切り引き抜いた。
当然、血が辺りに撒き散らされた。一体、今の儀式に何の意味があったのか。絶対に後で聞かなければならない。
此方の混乱を余所に、彼女は天真爛漫に俺に命令をする。
「さあ、後は黒衣の魔女だよ!」
「意味が、分からん!」
リリベルの血が付着したままの剣を振り払って、訳が分からないまま向きを後ろに変える。
もう1つの世界を作り変える爆発に立ち向かう。
盾で守る者が1人増えたから、余計に瞬間移動の手は使えない。1歩ずつ前進しても、奴は距離を置こうとするだろう。
だから、リリベルから奪った魔力も含めて、俺が持つ魔力ほとんどを全て剣に込めることにした。
世界1つともう半分程の魔力を全て剣に溜め込むと、さすがに剣に収まらなくなる。
そんな刀身を遥かに超えた長さの魔力の塊を、ただ横に振るだけで良い。
それだけで攻撃になる。
力の限り、魔力の塊を黒衣の魔女に向けて剣の勢いの乗せて投げつける。
巨大すぎる魔力が自らの勢いで射出されると、爆発となって衝撃波を生む。
衝撃波は世界を作り変える爆発の衝撃波を軽く飲み込み、後は真っ白な世界だけが残る。
爆発が止まると、黒衣の魔女の黒い光輪が砕け散り、彼女は膝から崩れ落ちた。
2人の神としての力が失われるのを確認して、俺はいそいそと放った魔力を回収しに回った。
再び黒衣の魔女に魔力を吸収されてしまったら、元も子もないからだ。
必死で魔力を掻き集めている俺を見た頭の中のリリベルは、随分と俺の姿が滑稽に映ったようで笑い転げていた。
黒衣の魔女とラルルカは至極迷惑そうな表情であった。




